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2018/05/16 18:00 更新

事件番号平成29(う)180
事件名殺人未遂,火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反,器物損壊,殺人,現住建造物等放火未遂
裁判所名古屋高等裁判所
裁判年月日平成30年3月23日
事案の概要本件控訴の趣意は主任弁護人多田元作成の控訴趣意書3通(第1ないし第3)に,これに対する答弁は検察官齋智人作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるが,論旨は理由不備,訴訟手続の法令違反,事実誤認及び量刑不当の主張である。1 理由不備の論旨について論旨は,原判決が証拠の標目に責任能力に関する証人Ⓐ及びⒷの各原審公判供述を原判示第3ないし第6の各事実に関する証拠として挙示しなかったことが刑訴法335条1項に反し,理由不備の違法がある,というのである。しかし,証拠の標目に挙示すべき証拠は,罪となるべき事実を認めるのに必要かつ十分な限度のもので足り,犯罪の成立阻却事由や刑の減免事由の不存在の認定に供した証拠を挙示する必要がないから,原判決に所論のような理由不備の違法はない。論旨は理由がない。2 訴訟手続の法令違反の論旨について⑴ 論旨は次のようなものである。すなわち,❶本件の名古屋家庭裁判所による検察官送致決定が少年法20条の解釈適用を誤った違法なものであり,その決定に基づく本件公訴の提起も違法かつ無効であるのに,刑訴法338条4号に基づく公訴棄却の判決をしなかった原判決は,少年法20条の解釈適用を誤り,最高裁判所平成8年第838号平成9年9月18日第1小法廷判決(刑集51巻8号571頁)に違反するものである。また, ❷原裁判所は,判決宣告期日に,弁護人が心神喪失による無罪主張にこだわる余り量刑に関する主張をしなかったから被告人が適切な弁護を受けていないおそれがあるという裁判員の意見があった旨を伝えたことで明らかになったように,弁護人の役割を全く理解せず公正な裁判を期待できない裁判員が審理に関与したのに,当該裁判員の誤解を解消せず,かつ,その裁判員について裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)43条3項に基づく解任手続を執ることなく審理を継続して判決を宣告したことが,憲法37条1項所定の被告人の公正な裁判を受ける権利を侵害している。さらに,❸弁護人が請求した原審公判審理の冒頭段階で実施すべきであった被告人の障害特性を理解するための解説的なⒸ鑑定人の証人尋問(原審弁第8号。以下の記述で原審の表記を省略する。)を第13回公判前整理手続期日に却下し,被告人の障害特性に対する理解に努めなかったことにより,被告人の公平な裁判を受ける権利(憲法37条1項)を侵害した上,Ⓒ及びⒷ両鑑定人共同作成の鑑定書(弁第10号)を必要性がないとして第18回公判期日に却下したため,Ⓒ及びⒷ両鑑定人の原審公判証言の内容と被告人の供述特性や発達障害及び双極性障害について正確に理解せずに認定判断した結果,責任能力に関する判断を誤ったから,Ⓒ鑑定人の上記証人尋問及び上記鑑定書を採用しなかった原裁判所の措置は違法である。したがって,以上のような原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある,というのである。そこで,原審記録を調査して検討する。⑵ ❶公訴提起の違法に関する主張について所論は,被告人の抱える精神障害である発達障害及び双極性障害が被告人自身に帰責できないものであり,その障害特性に照らし,被告人に対し刑罰によって規範的責任の内面化を期待することができないから,名古屋家庭裁判所による本件検察官送致決定が違法性を帯びたものであるため,同決定に基づく本件の公訴提起も違法かつ無効であるという。しかし,少年法が,検察官に対し原則的に公訴提起を義務付ける効力を備えた家庭裁判所のした中間処分としての性質を持つ検察官送致決定に対する不服申立制度を法定していないのであるから,その決定自体が手続的な瑕疵を帯びる場合は格別,家庭裁判所の判断内容の当否に関する不服は,同法55条に基づく家庭裁判所への移送の当否を論ずる場合を除き,許されないというべきである。したがって,本件の検察官送致決定の内容的な判断に関する不服を理由として,同決定に基づく公訴提起の違法や無効をいう所論は,それ自体として失当を免れない。なお,所論が援用する最高裁判例は,家庭裁判所のした保護処分決定が抗告審で取り消された場合に差戻しを受けた家庭裁判所が当該事件を少年法20条により検察官に送致することが許されず,その検察官送致決定を前提とした公訴提起の手続が違法無効であるというものであり,原判決指摘のとおり,差戻しを受けた家庭裁判所として検察官送致決定を選択することが保護処分より不利益な処分であるから許されないとして手続上の違法があることを示したものである。したがって,上記判例は,検察官送致決定の判断内容の誤りを違法として公訴棄却判決をしたものでないから,所論は上記判例の趣旨を正解しないものというほかなく,採用の余地がない。⑶ ❷公正な裁判を期待できない裁判員を解任する手続を執らなかったことが憲法37条1項に違反するとの主張について所論は,裁判員が法令に従い公平誠実に職務を行う義務(裁判員法9条1項)に違反し,引き続きその職務を行わせることが適当でないとき(同法41条1項4号)に該当すると疑うに足りる相当な理由があるのに,原裁判所の裁判長がその所属する地方裁判所に対し同法43条2項に基づく通知をせず,当該裁判員の解任に向けた手続を執らなかった措置の違法をいうものと解される。しかし,原審記録を精査しても,本件を担当した裁判員について,所論の義務に違反したと認めるべき事情はうかがえず,原裁判所の措置を含む原審の訴訟手続に法令違反があるとは認められない。なお,仮に判決宣告期日に所論指摘の説諭が行われたとしても,その一事をもって裁判員が上記義務に違反したとはいえない。⑷ ❸証拠採否の違法に関する主張についてア まず,原審の鑑定請求等に関する経過は以下のとおりであった。すなわち,原審弁護人は,平成28年2月1日に被告人の精神鑑定(弁第3号)及び処遇に関する情状鑑定(弁第4号)を請求し,同年4月15日に,鑑定の採用及び裁判員法50条1項に基づく鑑定手続の実施が決定されるとともに,Ⓒ及びⒷ両鑑定人が選任され,両鑑定人共同による鑑定書(弁第10号)が同年9月7日付けで作成されて原裁判所に提出された。さらに,原審弁護人は,同年11月24日の第10回公判前整理手続期日に,被告人の犯行時の精神状態等の責任能力に関する事項及び被告人に適した処遇等を立証趣旨として,主尋問各80分の予定でⒸ鑑定人(弁第6号)及びⒷ鑑定人(弁第7号)の証人尋問を,被告人の発達障害及び双極性障害の特性を立証趣旨としてⒸ鑑定人の証人尋問(弁第8号)を,それぞれ請求したほか,同年12月15日の第11回公判前整理手続期日に犯行時の責任能力に関する事項及び被告人に適した処遇等を立証趣旨として上記鑑定書の取調べを請求した。そこで,原裁判所は,同期日にⒸ鑑定人(弁第6号)及びⒷ鑑定人を証人として採用した上,Ⓒ鑑定人について主尋問を70分と定めて平成29年2月22日及び同月23日の第16回及び第17回公判期日に,Ⓑ鑑定人について主尋問を30分と定めて第17回公判期日に,それぞれ証人尋問を実施し,各証人尋問中で上記鑑定書の要点等の鑑定結果等が記載された補助資料が公判に顕出された。他方,原裁判所は,Ⓒ鑑定人の証人尋問(弁第8号)について同年1月10日の第13回公判前整理手続期日に,上記鑑定書について同年2月24日の第18回公判期日に,いずれも必要性がないとして却下したが,各却下決定に対し原審弁護人は異議を申し立てなかった。なお,第16回及び第17回公判期日に,検察官請求に係る被告人の精神鑑定の経緯や結果等を立証趣旨としたⒶ鑑定人の証人尋問(甲第171号)が実施されたほか,第17回公判期日に,Ⓐ,Ⓒ及びⒷ3名の鑑定人の対質尋問が実施されたが,Ⓐ鑑定人作成の被告人の精神鑑定結果に係る鑑定書2通(甲第151号及び第156号)は原審弁護人の不同意意見を受けて検察官が第18回公判期日に撤回したため,採用されていない。イ 証拠の採否における必要性に関する判断は裁判所の合理的な裁量に委ねられているから,原裁判所の判断における裁量逸脱の存否について検討する。まず,Ⓒ及びⒷ両鑑定人共同作成の鑑定書(弁第10号)について,上記経過を見ると,原審公判で被告人の責任能力に関する鑑定結果を明らかにしたⒸ鑑定人(弁第6号)及びⒷ鑑定人(弁第7号)の証人尋問が実施された上,3名の鑑定人に対する対質による証人尋問も実施された後に,その請求が却下されたことに照らし,原裁判所としてⒸ及びⒷ両鑑定人の証人尋問により両鑑定人による鑑定の結果が十分に明らかにされたほか,実施済みのⒶ鑑定人の証人尋問の結果と合わせ,被告人の責任能力について判断する上で必要な証拠が十分に収集されたと判断した結果,上記鑑定書を取り調べる必要性がなくなったとしてその請求を却下する決定をしたものと解することができる。このような原裁判所の判断は,審理経過に照らして証拠採否に関する裁量の範囲内のものであり,裁量を逸脱したものとはいえない。また,Ⓒ鑑定人の証人尋問(弁第8号)について,原審弁護人は,それを証拠調べ手続の冒頭で行うことにより,被告人の障害特性や公判供述等に関する特異な傾向を理解し,適切な配慮を尽くした審理を行う必要があるとする意見を述べた。これに対し,検察官は,立証責任を負う立場として,まず被告人の行為の構成要件該当性に関する立証を行うことが必要かつ相当な上,本件で検察官と原審弁護人が責任能力について相異なる鑑定人の鑑定結果に依拠して真っ向から対立する主張を行っており,その鑑定人の精神障害に関する説明は責任阻却事由の有無を検討する段階で実施される鑑定人の証人尋問の際に行うべきであって,証拠調べの冒頭における鑑定人の証人尋問実施が不当であるとして,不必要かつ不相当という意見を述べていた。その上,本件はそもそも公訴事実の一部に関し構成要件該当性や犯意の有無が争われ,更に被告人の責任能力が大きく争われた事案であるから,まず構成要件該当性や犯意の有無に関する審理を先行させることに合理性が認められる上,鑑定の内容や結果が異なる鑑定人のうち一方の鑑定人の証人尋問を証拠調べの冒頭に実施することに相当性があるとは考えられない。したがって,Ⓒ鑑定人の証人尋問請求(弁第8号)を却下した原裁判所の判断について,証拠採否に関する裁量の逸脱は認められない。⑸ 以上の次第で,所論は全て採用できず,訴訟手続の法令違反をいう論旨は理由がない。3 事実誤認の論旨について⑴ 論旨は次のようなものである。すなわち,原判決は,罪となるべき事実として,少年であった被告人が,①他人に硫酸タリウムを摂取させてタリウム中毒の症状を観察したいという興味から,硫酸タリウムを人に摂取させればタリウム中毒により死亡するかもしれないことを認識しながら,そうなっても構わないと考え,㋐平成24年5月27日に仙台市所在のカラオケ店で,16歳のⒹに対し,硫酸タリウム0.8グラム分前後の粉末を混入した飲料水を飲ませたが,同女に約2年10か月間にわたり下肢末梢神経障害が残存するタリウム中毒の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らず(原判示第1), ⓐ同月28日及びⓑ同年7月19日の2回にわたり,被告人が在籍していた同市所在の高校で,16歳で同級のⒺに対し,同人の使用するペットボトル入り飲料水にⓐ硫酸タリウム0.8グラム分前後の粉末ないしⓑその0.4グラム分前後を含有する水溶液をそれぞれ混入し,同高校内や同人方等でそれらを同人に飲ませたが,同人に中毒性視神経症の後遺症を伴い,約3年間にわたり下肢末梢神経障害が残存するタリウム中毒の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らず(同第2。以下①の各事件を「タリウム事件」という。),②焼死体を観察したいという興味から,㋐平成26年8月29日頃に同市所在の当時の自宅居室で容量が500ミリリットルのペットボトル1本に灯油を入れた上,同月30日の未明に同市所在のⒻ方居宅の敷地内でそのペットボトルの飲み口に新聞紙を差し込んで点火装置を施して,火炎瓶1本を製造し(同第3),㋑引き続き,同居宅敷地内でその火炎瓶に点火した上,それを同居宅の掃き出し窓外の縁側に置き,その火の熱で窓をひび割れさせ1万0800円相当の損害を与えて,他人の物を損壊し(同第4。以下,②の各事件を「火炎瓶事件」という。),③自分の手で人を殺す体験をし,人が死んでいく様子を観察したいという興味から,同年12月7日に名古屋市所在のアパート内にある当時の自室で,招き入れた77歳の知人であるⒼに対し,殺意をもって,手斧で頭部を少なくとも6回にわたり殴打した上,マフラーで頸部を4ないし5回にわたり絞めつけ,頸部圧迫による窒息により同女を死亡させて殺害し(同第5。以下,③の事件を「殺人事件」という。),④知人方に放火してその住人を殺害し,その焼死体を観察したいという興味から,同月13日の未明に,殺意をもって,知人方居宅と誤信した②㋑の66歳のⒻほか2名が居住かつ現在する木造2階建家屋の玄関扉の郵便受けから玄関内にジエチルエーテルを注ぎ入れた上,火をつけたマッチを投入して放火し,その火を玄関内のカーテンなどに燃え移らせたが,Ⓕが間もなく消火したため家屋の焼損及び住人の殺害の目的を遂げなかった(同第6。以下,④の事件を「放火殺人未遂事件」という。),との事実を認定した上,タリウム事件の各犯行について被告人の未必の殺意を肯認したほか,本件各犯行の際に被告人が完全責任能力を備えていたと判断している。しかし,被告人は,❶タリウム事件の各犯行について未必的にも殺意がなく,❷本件各犯行の際にいずれも発達障害を抱えて双極性障害を患っていたため心神喪失の状態にあったから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。⑵ ❶タリウム事件(①)における殺意についてア 原判決は,争点に対する判断の第2の2項で,タリウム事件の各犯行時の被告人の殺意について,次のような判断を示している。すなわち,まず,①㋐及び㋑ⓐで投与された0.8グラム分前後の硫酸タリウムに含まれるタリウムの分量は0.64グラム前後であるが,死亡例のある0.2グラムを優に超え,世界保健機関による文献調査に基づく致死量の下限を超える分量であるから,それだけの量を投与された人が死に至る可能性は決して低くないと考えられる。また,㋑ⓑで投与された0.4グラム分前後の硫酸タリウムに含まれるタリウムの分量は0.32グラム前後であるが,同様に死亡例のあるタリウムの分量を超えるほか,㋑ⓐの投与により被害者にタリウム中毒の症状が残存する状況で投与されたことに照らすと,その数量以上の危険性を有するものといえる。したがって,タリウム事件の各投与行為はいずれも各被害者を死亡させる客観的危険性の高い行為であったと認められる。そして,被告人は,かねてタリウムやその化合物の毒性について強い関心を持ち,平成24年5月上旬にそれらに関するウェブページを複数回にわたり閲覧し,タリウム事件の各犯行当時に,硫酸タリウムの量と誤信していたものの,成人が0.2グラムで死亡した例があることや致死量が約1グラムであることを知識として有していた。しかも,被告人は,硫酸タリウムの投与量について,①㋐で0.5グラム分前後,㋑ⓐで0.8グラム分前後,㋑ⓑで0.4グラム分前後であるという認識を持ちつつ硫酸タリウムを投与したものと認められるから,自己の行為により被害者が死亡する危険性があることを十分に認識しながらあえてその行為に及んだと推認される。さらに,被告人が各犯行後に被害者が体調不良を訴えたことを認識しながら,何らの措置も講じなかった上,そのような場合の備えをした形跡もないことは,上記推認を強める事情である。したがって,被告人は,タリウム事件の各犯行時に,結果的に各被害者が死亡しても仕方がないと考えて各犯行に及んだものと合理的に推認できる。これに対し,被告人は,各被害者が死亡することがないよう,硫酸タリウムの投与量が1グラム未満となるように体積と密度から重量を計算して計量した上で投与したから,死んでも構わないと考えてはいなかった,という。しかし,硫酸タリウムの密度だけでも目測による体積の若干の誤差がその重量を大きく左右する関係にあるから,被告人の認識した重量が目分量で計測した大雑把なものであってそもそも幅を持った概算量にすぎず,被告人もそのように認識していたと合理的に推認できる。結局,被告人が硫酸タリウムの重量を計算して投与したという事情をもっても,被告人が被害者の死亡を意欲する強い殺意があったと認められないにすぎず,被害者が死亡しても仕方がないと考えたという上記推認は排斥されない,というのである。イ これに対し,所論は次のようなものである。すなわち, タリウム事件の各犯行の際の被告人の精神状態は,その発達障害からもたらされる興味の限局と双極性障害の躁状態からもたらされる万能感に支配され,いわゆる思考が突き抜けた状態になって,タリウムを投与せずにいられないというものであり,致死量等のタリウムの毒性に関する知識について意識することができず,その結果に対する想像力も働かず,投与する時点で被害者の死亡の危険を想起することがなかったものであり,未必の故意が意識されないという上記殺意の推認を妨げる特段の事情がある, 原判決は被告人が死亡の危険性を想起せずに行った亜硝酸ナトリウムの摂取行為や水の大量摂取行為に対する評価を検討せずに誤った判断をした,というのである。ウ しかし,所論を踏まえて検討しても,原判決の上記認定及び判断について,論理則,経験則等に照らして不合理な点は認められない。若干付言すると, 後記⑶で詳述するが,被告人の各投与行為の際の精神状態は,原判決の説示するとおり軽躁状態にあったにとどまり,被告人の発達障害の影響を考慮しても,被告人の判断能力が失われていたとは考えられない。したがって,発達障害の特性に由来するタリウム中毒症状の観察に興味を限局させていた被告人が,タリウム事件の各犯行の際に双極性障害の躁状態の高揚期にあり,自己の投与行為が被害者の生命に危険を及ぼすことはないと確信していたことを前提とする所論は採用の余地がない。そして,被告人は,タリウム事件の各犯行当時,大雑把であるが投与量を意識した上で硫酸タリウムを被害者に投与しており,その際にも被告人のタリウムに関する知識自体が阻害されていたことを示す事情はないから,自分のした硫酸タリウムの投与行為によって被害者が死亡する可能性について未必的にさえ認識し得ない精神状態にあったとはいえない。について,所論は,被告人が自己の生命の危険を認識せずに,平成24年4月頃に亜硝酸ナトリウムを摂取した場合の症状を観察する目的で,致死量が0.2グラムから2グラムである旨の知識を持ちながら亜硝酸ナトリウムを自分でなめた事実や,被疑者勾留中に水中毒を観察する目的で水中毒が生命に危険を及ぼす旨の知識を持ちながら,自ら水を大量に飲用した事実からすると,被告人がかねてその危険性に関する知識を得ていても,興味が中毒症状の観察に限局した場合に自己の生命の危険すら認識し得ない状態になることが認められるから,タリウム事件の各犯行時も同様にタリウムの危険性に関する知識を想起できなかった,という。しかし,亜硝酸ナトリウムの摂取について,摂取方法が湿っていない指に付着させたものをなめた程度で,摂取した分量を考えていなかったというものである上,被告人がその当時に調査した限り亜硝酸ナトリウムに関する文献が少なかったためにその毒性に関する詳細な知識まで得られていなかったと認められる。また,水中毒について,被告人が摂取した水の分量が明らかでない上,どの程度の量の水を摂取すれば生命に危険を及ぼすかに関し被告人が詳細な知識を得ていたことをうかがわせる証拠はない。結局,所論指摘の被告人の行為は,生命に対する危険性に関する詳細な知識の有無や摂取量が不明確であるから,被告人が致死量等に関して詳細に調査した上,被害者に対する投与量が明らかになっているタリウム事件の場合と同列に考え得る事柄といえず,それらの事実を踏まえても,被告人にタリウム事件について殺意を認めた原判断は左右されない。以上のとおり,タリウム事件の各犯行当時に被告人に未必的な殺意があったと認めた原判決の認定及び判断について,不合理な点は認められない。⑶ ❷責任能力についてア 原判決は,争点に対する判断の第2の4項で,被告人の責任能力について,次のような判断を示している。すなわち,精神科医師であるⒶ鑑定人による精神鑑定の結果(検察官の嘱託を受けて平成27年3月3日から同年4月10日にかけて殺人事件に関する精神鑑定(以下「Ⓐ第1鑑定」という。)を,平成28年8月29日から同年9月30日にかけてその余の各事件に関する精神鑑定(以下「Ⓐ第2鑑定」という。)をそれぞれ実施し,その鑑定結果について原審公判で証人として供述した内容を指す。以下,それらを併せて「Ⓐ鑑定」という。)によれば,被告人の精神状態について,次のように判定している。すなわち,被告人は,他人の内面に対する想像力の欠如から共感性がなく,相手の表情や空気を読むことが苦手であり,社会的な意思疎通や対人相互関係に関する持続的障害が見られるとともに,極めて限局された領域に固着した関心を抱く傾向にあることから,特定不能の広汎性発達障害又はアスペルガー症候群に分類される発達障害に当たるが,学校生活で多数の友人との交流に支障がなかったなど,IQが120ないし122の高い知的能力及び社交性により社会に対する適応ができていたことに照らし,その発達障害の程度が重度でなかった。また,診断基準を完全には満たさないが,被告人に注意欠陥多動性障害の疑いがあり,その衝動性に係る部分が残存していた。さらに,被告人は,中学校1年生時に学校を休みがちになり,大学1年生時に人としゃべらなくなったなどの抑鬱エピソードに該当する出来事と,気分の高揚状態が続いて寝なくなる時期があるなどの軽躁病エピソードに該当する出来事があり,上記抑鬱及び軽躁病エピソードを繰り返している状態であるが,軽躁病エピソードに該当する出来事に身近な家族が気付いておらず,社会生活が破綻している様子もまとまりのない行動や言動,会話内容や思考の奔逸も存在しないから軽躁状態にとどまる。そうすると,被告人は,本件各犯行の際に双極性Ⅱ型障害を抱えていたと認められる。そして,精神症状の本件各犯行に対する影響は,動機が発達障害の本質的特徴に基づくものの,犯行自体が幻覚や妄想という精神病症状に支配されておらず,被告人の自由な意思に基づくといえる。また,軽躁状態は,犯行の実行に弾みをつけた点で一定の影響はあるが,限定的である,というのである。このようなⒶ鑑定に十分な信用性が認められるので,それに依拠した上,各犯行の動機,犯行時やその前後の被告人の行動,当時の被告人の認識や意識等を検討して,責任能力の有無及び程度を判断することとする。次に,本件各犯行について各別に検討する。a タリウム事件(①)の各犯行についてその動機は,硫酸タリウムを他人に投与してタリウム中毒の症状を見てみたいというものであり,被告人がかねて硫酸タリウム及びその毒性に強い興味を抱いていたことを踏まえれば,十分に了解可能である。動機形成過程を見ても,自分が発注した硫酸タリウムが手元に届くとうれしくなって同級生に見せるなど,硫酸タリウムの投与及びその中毒症状の観察が実現に近づく中で徐々にそれらに対する欲求を膨らませ,気分を高揚させていったようにうかがわれる上,16歳の被告人が,①㋐及び㋑ⓐの各犯行で手元にあった強い興味の対象の劇物を他人に用いたくなった,①㋑ⓑの犯行で同ⓐの犯行で予期した症状が見られなかったことから追加投与した,というものであり,いずれも通常の心理過程の延長として十分に理解が可能である。もっとも,硫酸タリウムに対する興味を抱いたことから現実に投与に至った過程に被告人の限局した興味の深まりが見られるとともに,被告人の共感性の欠如により被害者の苦痛や心情に思いを致すことができず,情緒面で犯行を思いとどまることが通常人より困難である点で,被告人の発達障害が各犯行に一定の影響を与えていたと認められる。また,各犯行に向けて気分が高揚していく過程,取り分け①㋐の犯行の決意がやや唐突である点に,被告人の衝動性や双極性Ⅱ型障害による軽躁状態が実行に一定の弾みをつける程度の影響を与えたことは否定できない。各犯行の準備段階で,年齢を偽って硫酸タリウムを入手し,観察しやすい投与対象者を選定するなど,犯行に向けて合目的的な行動をしている上,被告人の自宅や学校での生活で特に異常な言動がなく,おおむね通常の範疇に収まる行動をしていた。①㋐の犯行時には投与量を意識した行動をしたほか,硫酸タリウムを女友達の飲料に混入するに当たってドリンクバーを避けて非常階段で実行したり,同女の離席を見計らったりして,状況に応じて行動している。①㋑の各犯行時に教室に同級生がいない機会を狙ったほか,同ⓐの際に一人で教室に戻る口実にするため故意にネクタイを遺留した上でもくろみどおりに教室に戻ったことから,被告人はいずれの犯行時にも冷静に周囲の状況を意識しつつ行動していたといえる。加えて,被告人がこのように人目を気にして行動していることから,自己の行為が社会的に許されない行為であることを十分に認識していたことが認められる。以上の事情からすると,タリウム事件の各犯行について,被告人の発達障害や当時の年齢が各犯行動機の形成に一定程度の影響を及ぼした上,被告人の衝動性や双極性Ⅱ型障害等も各犯行の実行に一定程度弾みをつける形で影響を及ぼしているものの,犯行前後の行動が冷静な判断に基づく犯行実現のための適切なものであったから,全体として上記各精神障害の各犯行に対する影響は限定的であって,被告人は自らの意思で各犯行に踏み切ったものと認められる。b 火炎瓶事件(②)の各犯行について被告人が,生活反応のある焼死体を見てみたいという動機に基づいて,妹の同級生方居宅に対する放火を企図して各犯行に及んだところ,被告人がかねて人の死や焼死体に強い興味を抱いていたことに照らし,その動機は十分に了解可能なものといえる。放火の手段として火炎ペットボトルの製造や設置を選択した点について,高校2年生時に被告人なりに計画した内容をそのまま実行に移したことを前提にすれば,稚拙であるが異常とはいえず,火力を利用する点で放火のための合目的的な手段ともいえる。焼死体の観察が実現するように葬儀に参列できそうな妹の同級生方居宅を狙った点も被告人なりの合理的な対象の選択であるといえる。もっとも,人の死や焼死体に対する興味が現実に焼死体を見たいという動機形成につながった点や火炎ペットボトルというやや特殊な手段を選択した点に,被告人の限局した興味の深まりやこだわりが見られるほか,上記同様に通常人に比して情緒面で犯行を思いとどまることが困難である点で,被告人の発達障害が犯行に一定の影響を及ぼしたといえる。また,法医学者の書籍を再読して焼死体に対する興味が高まり,犯行を決意し実行に移した経過について,やや唐突な面があるから,被告人の衝動性や双極性Ⅱ型障害による軽躁状態が犯行の実行に弾みをつける形で一定程度の影響を及ぼしたことは否定できない。しかし,夜間に犯行を決意した後,犯行時間帯として人通りの少ない深夜を選択していることから,冷静な判断ができたものといえる上,そのような深夜になるまで待った上で計画を実行に移したことや犯行前後に異常な言動が見られないことから,上記判断に基づき自己の行動を適切に制御できていたといえる。以上の事情から,火炎瓶事件の各犯行について,被告人の発達障害が犯行動機の形成過程に一定程度の影響を及ぼし,衝動性や双極性Ⅱ型障害等の精神障害がその実行に一定程度の弾みをつけているものの,各犯行前後の行動が冷静な状況判断の下で適切に行われていたことに照らし,全体として上記各精神障害の各犯行に対する影響は限定的であるといえるから,被告人は自らの意思で各犯行に踏み切ったと認められる。c 殺人事件(③)の犯行について被告人は,自分の手で人を殺す体験をして,そのときの人が死にゆく様子を見てみたいという動機で犯行に及んだものであり,19歳の被告人が人の死や少年犯罪,取り分け殺人の実行に強い関心を抱いていたことに照らし,上記動機は十分に了解可能なものといえる。また,犯行に至る経緯について,成人に達するまで1年を切ったことで若干の焦りが生じていた一方,警察に逮捕されれば将来の大学院進学が困難になることと現実に殺人の実行に踏み切ることとを逡巡した末に犯行を決意したというのであって,限りある期間内で両立し得ない自己の興味や欲求との間で悩むという通常人のそれと変わらない葛藤があったことがうかがわれる。他方,人の死や少年犯罪に対する興味が殺人の実行に結び付いた点に限局した興味の深まりが見られるほか,上記同様に通常人に比べ情緒面で犯行を思いとどまることが困難であった点で,被告人の発達障害が犯行に一定の影響を及ぼしたことは否定できないものの,上記のとおり犯行に踏み切って逮捕されれば自分が失うものが大きいという自覚もあったことなどから,その影響は若干程度に止まっていたといえる。さらに,被告人に犯行前から犯行時にかけて気分の高揚が見られるものの,犯行直後に書き込んだと見られる「ついにやった。」という被告人のツイート文の存在に照らすと,憧れていた犯行を目前にして胸が膨らみ,それを実現して達成感を覚えるという通常の心理過程で生じる気分の高揚と大差がないようにうかがわれ,被告人の衝動性や双極性Ⅱ型障害による軽躁状態の影響は余り見られない。犯行の準備段階で,1週間前に犯行を決意すると,その目的を達成すべく殺害方法を考え巡らせるなどし,自室に誘い入れた知人女性の背後に回る口実まであらかじめ検討するなど,計画的に犯行に向けて筋の通った行動をとっている。しかも,上記の口実であった呈茶を断られて計画と異なる事態が生じても,臨機応変に計画を修正し,別の口実を用いて自然な態度で同女の背後に回る対応をとり,犯行着手後に気付いてカーテンを閉めるなど,状況を冷静に理解していたほか,仙台に帰省して事件現場を離れた後に妹にズボンを洗わせるなど,人目を気にするような行動や証拠を隠滅する行動も見られ,自分が許されない行動をとっている認識もあったといえる。さらに,犯行の前後に異常な言動が認められず,状況判断に基づく合理的な行動といえる。以上の事情からすると,殺人事件の犯行について,被告人の発達障害が犯行動機の形成過程に若干の影響を及ぼしたものの,被告人の衝動性や双極性Ⅱ型障害による軽躁状態の影響はそれほど見られないから,犯行時の被告人の判断能力や行動制御能力に何ら問題はなく,被告人は自らの意思で各犯行に踏み切ったものと認められる。d 放火殺人未遂事件(④)の犯行について被告人は,生活反応のある焼死体を見てみたいという動機に基づき犯行に及んだものであり,被告人が人の死や少年犯罪に強い関心を抱いていたことに照らすと,その動機は十分に了解可能なものといえる。殺人事件の犯行後から帰省前後の被告人の言動に照らして放火殺人未遂事件の犯行実行の決意は唐突でない上,自分が殺人事件の犯行で逮捕される前に被害者方居宅に対する放火を成功させたいという思いがあったことを踏まえると,犯行の性急さも十分に理解できる。もっとも,人の死や焼死体に対する興味が現実の焼死体を見るという動機の形成に結び付いた点に限局した興味の深まりが見られるほか,上記同様に通常人に比して情緒面で犯行を思いとどまることが困難であった点で,被告人の発達障害が犯行に一定の影響を及ぼしたものといえる。加えて,被告人は,放火殺人未遂事件の犯行時に相当程度気分が高揚していたところ,興味の対象の実現に対する通常の期待感や高揚感があったものの,飲酒や双極性Ⅱ型障害による軽躁状態の影響も犯行の実行をそれなりに後押ししたと認められる。自分の犯行と分からないように,被害者方居宅への移動時に様々な工夫を凝らしたことや同居宅到着後に周囲を気にした行動をとっていたことから,被告人が人目や逮捕の可能性を気にしていたといえ,違法行為をしている意識があったと認められる。揮発性が高く危険性の高いジエチルエーテルを用いつつ,火種となるマッチを郵便受けから玄関内に投げ入れる方法をとったことは,適切な状況判断に基づく行為といえる。また,犯行を決意した飲酒時から犯行に出発するまでの間も犯行を遂げて帰宅した後も,実家で特段異常な言動が見られなかった上,出発前にマッチが見付からなければ犯行をやめようと考えたことや,危険を伴う手口であるのに火傷を負わずに放火を遂げており,自己の行動をおおむね適切に制御していたと認められる。以上の事情からすると,放火殺人未遂事件の犯行について,動機形成過程で被告人の発達障害の影響が認められる上,飲酒や双極性Ⅱ型障害の精神障害が犯行の実行に一定程度影響を及ぼしたといえるものの,犯行時に適切な状況判断とそれに基づくおおむね合理的な行動をとっていたことからすれば,被告人の精神障害がその判断能力及び行動制御能力に及ぼした影響は限定的であって,全体として被告人自身の意思に基づき犯行を決意して実行したものと認められる。以上の点から,被告人は,本件各犯行のいずれの際にも,その発達障害や双極性Ⅱ型障害等の精神障害の影響を一定程度受けたものの,その範囲と程度は限定的であり,最終的に被告人自身の意思に基づき各犯行を決意して実行したものといえるから,完全責任能力を備えていたと認められる,というのである。イ これに対し,所論は次のようなものである。すなわち,被告人は,本件各犯行当時に重篤な発達障害及び双極性Ⅰ型障害を患っており,いずれの犯行もその発達障害の症状である共感性の欠如と興味の限局に加えて,双極性Ⅰ型障害の症状である強い躁状態の影響下で実行したものであり,判断能力及び行動制御能力が欠如した心神喪失状態にあった。原判決が依拠するⒶ鑑定は,被告人の発達障害が軽度で双極性障害がⅡ型であると診断した点がDSM-Ⅴの診断基準に該当しない上,被告人の精神症状の犯行に対する影響が限定的であるとした点で誤りであるから信用性がない。そして,原判決は,信用性に欠けるⒶ鑑定に依拠して被告人の責任能力を判断した上,原審で裁判員法50条1項に基づきⒸ及びⒷ両鑑定人が実施した精神鑑定及び情状鑑定の結果(原裁判所から依頼を受けて平成28年5月17日から同年8月16日に共同して実施した。さらに,Ⓒ鑑定人は,これに先立ち名古屋家庭裁判所から依頼を受けて平成27年7月頃に被告人の精神鑑定を実施した。これらの鑑定結果につき原審公判において両鑑定人がそれぞれ証人として供述した内容が鑑定結果である。以下「Ⓒ・Ⓑ鑑定」という。)によれば,被告人が重篤な発達障害及び双極性Ⅰ型障害の精神症状に支配されて犯行に及んだものであり,このⒸ・Ⓑ鑑定に高い信用性があるのに,それを排斥した結果,本件各犯行時の被告人に完全責任能力が備わっていたとする事実誤認を犯した,というのである。ウ しかし,所論を踏まえて検討しても,原判決の上記認定及び判断について,論理則,経験則等に照らして不合理な点は認められない。以下に補足して説明する。Ⓐ鑑定についてa まず,原判決がⒶ鑑定の信用性を肯定し,同鑑定を基礎として責任能力に関する認定判断をした点に不合理な点はない。すなわち,原判決の説示のとおり,Ⓐ鑑定人は精神科医として司法手続における豊富な鑑定経験を有する上,Ⓐ鑑定で国際的な診断基準であるDSM-Ⅳ-TR,DSM-ⅤやICD-10に基づき被告人の精神疾患とその症状を診断したほか,鑑定期間中に被告人に対して相当回数の面接を実施して被告人供述に検討を加えるとともに,その供述以外の証拠から認められる本件各犯行に関する事実関係について総合的に検討判断して,結論を導いているところ,Ⓐ鑑定が前提とした上記事実関係は原判決が認定した事実関係におおむね沿う内容である。以上のとおり,鑑定人の資質や能力のほか,鑑定の判断手法と基礎とした資料や前提条件等に問題が見られないとして,Ⓐ鑑定について高い信用性を肯認した原判断に不合理な点はない。b これに対し,所論は次のような指摘をしている。すなわち,Ⓐ鑑定は,❶被告人の発達障害について,DSM-Ⅴの自閉スペクトラム症の診断基準に従えば重症と診断すべきであるのに,同基準を誤って適用した結果,診断を誤った。❷被告人の双極性障害について,Ⓐ鑑定人が第1鑑定で見落としたことに加え,DSM-Ⅴの双極性Ⅰ型障害の診断基準に該当するのに該当しないと判断した上,周期的な強い鬱病相が見られないのに双極性Ⅱ型障害と診断したほか,双極性Ⅱ型障害の軽躁状態であると診断した根拠として,被告人の日常生活に破綻が見られず,身近な家族も気付いていない程度の症状である点を挙げているが,被告人が犯行前から家庭内で人を殺したいという発言をし,劇物を収集して高校に持参し,同級生に見せたりなめさせたりしたほか,原審公判でも硫酸タリウムに執着し,人を殺したい気持ちが湧くと述べたことなどに照らし,双極性Ⅱ型障害という診断は精神医学上の根拠を欠いている。❸自閉スペクトラム症と双極性障害が併存する障害を有する場合における犯行に対する影響の重大性を検討していない。❹本件各犯行の動機が自閉スペクトラム症の病理的症状の影響で形成された異常なものであり,それに併存する双極性障害の躁状態が影響して行動化した犯罪行為に至る心理過程も共に了解不能であるのに,被告人自身の意思に基づく動機として心理学的に了解可能であるという誤った判断をした。以上の点からⒶ鑑定は信用性に乏しい,というのである。c しかし,❶所論指摘のDSM-Ⅴの自閉スペクトラム症の診断基準は,所論の強調するA(社会的コミュニケーション及び対人的相互反応における持続的な欠陥の存在)及びB(行動,興味又は活動の限定された反復的な様式の存在)だけでなく,C(症状が発達早期に存在すること),D(その症状が社会的などの領域における現在の機能に臨床的に意味のある障害を引き起こしていること)及びE(知的能力障害又は全般的発達遅延で説明できないこと)から成るもので,精神医学上,A及びBに該当しそれらが重症である場合に直ちに自閉スペクトラム症が重度と診断されるものと解することは困難である。これに対し,Ⓐ鑑定人は,Ⓐ鑑定で被告人の特定不能の広汎性発達障害が軽度であると判定したほか,当審における証人尋問で,上記診断基準を被告人に当てはめた場合,AとBを満たすものの,Dを満たすような社会生活上の障害が見られないことに照らし,被告人の自閉スペクトラム症が軽症の水準にあると証言しているが,その内容は上記診断基準に適合する上,その結論を導く過程にも不合理な点は見当たらない。したがって,Ⓐ鑑定人がDSM-Ⅴの診断基準を誤って適用したとは解されない。d また,❷双極性障害に関するⒶ鑑定の結果は,次のような内容である。すなわち,通常の躁状態は,行動そのものにまとまりがなく,一貫性がない,一見多動に見えたり,余り目的のない行動が多くなったりするほか,多弁になり,話している内容が次々と変わることから,家族や周囲に明らかに普段と違うことに気付かれ,入院治療が必要なほど社会的機能に一時的な障害が起こる。しかし,被告人がⒶ第2鑑定の際に申告した内容は,じっとしていられない,そわそわする感じ,ハイテンションになるが15分程度で落ち着くことが多い,というもので,躁鬱病の躁状態であれば15分程度で落ち着くことが余りなく,気分の揺れにすぎないと見ることもできるから,被告人の症状が気分障害の躁状態といえるかは若干の疑問がある上,上記のような通常の躁状態に達していないことが明らかである一方,主に事件を起こす前に気分が高揚した状態が存在したと認められ,そのような状態に被告人の注意欠陥多動性障害(ADHD)の影響もかなり認められるため,その結果として軽躁状態まで高まっていた可能性を否定できないと判断した,というのである。そして,上記鑑定結果に照らせば,被告人がⒶ第1鑑定の際に軽躁病エピソードについて述べていなかったことや,抑鬱エピソードがそれ単体で生活環境の変化に伴う気分の浮き沈みと見て不自然でないことから,同鑑定で双極性障害の存在を診断しなかった点がⒶ鑑定の信用性を左右する事情といえないとした原判断を是認することができる。すなわち,Ⓐ鑑定は,被告人の気分の高揚について気分障害の躁状態に至らない気分の揺れにすぎない可能性が高いが,犯行時に見られる気分の高揚が軽躁状態まで高まっていた可能性を否定できないこと及び抑鬱エピソードが存在することから,双極性Ⅱ型障害に該当する可能性が否定できない,というものと解される。このように,Ⓐ鑑定人は,被告人が双極性障害であると積極的に診断したものでない上,鑑定入院期間中の被告人の行動に躁状態を積極的に疑わせるものがなかったこと,鑑定の前提とした資料から認められる事実関係を検討しても,被告人の生活状況全般に明らかな機能障害がなく,犯行時及びその前後の行動がまとまりのない状態にあったと見られず,躁状態に達していたと考え難いことに照らし,軽躁病エピソードに関する被告人の供述が得られなかったⒶ第1鑑定の段階で双極性障害に該当すると診断しなかったことに合理的な理由があるといえるから,同鑑定で双極性障害の存在を診断しなかったことがⒶ鑑定の信用性を否定すべき事情にならないというべきである。⒝ しかも,所論がDSM-Ⅴの双極性Ⅰ型障害の診断基準に該当すると指摘する本件各犯行前後の被告人の覚醒状態や行動等は,DSM-Ⅴの双極性Ⅱ型障害の診断基準にも当てはまるものであるから,双極性Ⅱ型障害の診断が誤りであるとする根拠にならない。⒞ 次いで,所論が双極性Ⅱ型障害の特徴である周期的な強い鬱病相が被告人に見られないと指摘する点について,まず,所論の前提とするⒽ証人の当審証言(以下「Ⓗ証言」という。)の信用性について検討する。Ⓗ証人は,多数の臨床経験を有する発達障害に関する専門医であり,その資質や能力に問題が見られないものの,本件に関して被告人と面接しておらず,原審までに実施された各鑑定の前提資料を検討したこともなく,原審で取り調べられなかったⒶ鑑定人作成の鑑定書やⒸ・Ⓑ両鑑定人共同作成の鑑定書を参照した上,原判決の責任能力判断に関する説示を検討し,Ⓗ証人の専門的知見に照らした意見を述べたものであり,被告人の精神障害の有無や程度の診断を行う前提資料として不十分であったと考えられるから,被告人の精神障害の有無や程度と犯行に対する影響に関する証言内容に必ずしも信を措き難いというべきである。すなわち,Ⓗ証言のうち発達障害等の精神障害に関する専門的知見について述べられた一般的な説明は別として,被告人の精神障害やその症状に関する判断を示した証言内容をそのままに採用することは困難であり,その証言内容に依拠して被告人が双極性Ⅱ型障害と診断したⒶ鑑定に信用性がないという所論は採用できない。そして,被告人に抑鬱エピソードが存在すること自体は証拠上も肯認することができるから,Ⓐ鑑定が上記のとおりその点を踏まえるなどして双極性Ⅱ型障害と判断したことが不合理とはいえない。⒟ さらに,被告人の日常生活に破綻が見られず,身近な家族も気付かない程度の症状としたⒶ鑑定の判断に根拠がないとする所論について,通常の躁状態の場合,上記のような行動そのものにまとまりがなく,一貫性や目的のないものとなる傾向にあり,家族や周囲から明らかに普段と違うと気付かれる程度の症状が見られることに照らし,所論が指摘するように劇物に対する執着や収集した劇物を他人に見せる行為,殺意の表明等の特異な言動が見られるものの,家庭生活にも高校ないし大学での学生生活にも不適応状態が生じておらず,家族や友人との交流でも生活に破綻を来すようなまとまりのない行動や状況が見られないから,被告人が躁状態でなく,高々軽躁状態にとどまると判断したⒶ鑑定に合理的根拠があるというべきである。e 次に,❸併存障害の重症度について,Ⓐ鑑定は,被告人に特定不能の広汎性発達障害又はアスペルガー症候群に分類される発達障害と双極性Ⅱ型障害が併存する障害があることを前提に,これらの障害の本件各犯行に対する影響の程度を検討している上,鑑定の基礎とした資料から認められるその当時の被告人の行動等を踏まえつつ,本件各犯行時やその前後の上記併存障害に起因する精神症状とその犯行に対する影響の程度を検討して,影響の程度が軽度と判断しているから,検討不十分をいう所論は当を得たものといえない。f そして,❹動機の了解可能性について,本件各犯行の動機が一般的に見て甚だ特異なものである上,そのような動機形成過程に被告人の発達障害が一定の影響を及ぼしたと認められるものの,自閉スペクトラム症に起因する限局した興味の深まりという症状がある場合も,興味を抱く対象自体について人によって異なるものであって個性が見られるところ,そのことはⒽ証人も肯定している。さらに,被告人の発達障害の症状は,発達早期から存在して現在まで持続しているものの,被告人が抱く限局した興味関心の対象が一定でなく,本件各犯行に限ってもタリウム中毒の症状を観察したい,焼死体を見たい,人を殺してその様子を観察したいなどと時期によって内容が変化している上,そのような対象に興味や関心を抱く過程に精神疾患に起因する病的な症状としての幻覚や妄想の影響は全く見られない。その上,被告人が上記のような対象に興味や関心を抱き,インターネットで調べたり書籍を読んだり自分が犯行を実行する様子を空想したりして,興味や関心を深めるに至った経過に照らし,そのような対象に強い興味や関心を抱くに至ったのは被告人自身の考えと行動の結果と見るべきであり,病的な精神症状に起因するものでなく,日頃の被告人自身の嗜好やこだわりと連続したものである。したがって,動機が自閉スペクトラム症の病的症状に支配されて形成されたとは解されないから,被告人自身の意思に基づく動機として心理学的に了解可能であるというⒶ鑑定の判断に不合理な点は認められない。g したがって,Ⓐ鑑定の信用性を論難する所論はいずれも採用できない。Ⓒ・Ⓑ鑑定について次に,Ⓒ・Ⓑ鑑定について,原判決は,被告人の発達障害が重症であるとした点及び被告人が重症躁状態を伴う双極性Ⅰ型障害であるとした点について信用できないと判断し,同鑑定を責任能力の事実認定に供しなかったところ,取り分け鑑定の手法が不適切であるとした原判決の説示に首肯できない部分があるものの,同鑑定の信用性を否定した結論を是認することができる。所論に鑑み,若干付言する。a まず,Ⓒ・Ⓑ鑑定の結果は,被告人が本件各犯行時にいずれも重度の発達障害(自閉スペクトラム症)と双極性Ⅰ型障害の重度躁状態にあり,これらの精神症状の影響により,犯罪に対する抑止力が働かない程度に気分の高揚した思考の揺るぎない状態にあり,全てが許されるなどと考えが突き抜けてしまう誇大妄想状態に至ったため,犯罪を実行に移した,というものである。そして,同鑑定で,発達障害の重症度の診断に「道徳観倫理観検査」と「比ゆ皮肉検査」を,双極性Ⅰ型障害の診断に「気分障害のグラフィング」(以下「グラフィング」という。)と「気持ちのお天気表」(以下,グラフィングと併せて「グラフィング等」という。)を用いているが,それらの検査や手法はⒸ鑑定人の開発によるものである。b この点,原判決は,Ⓒ・Ⓑ鑑定について,「被告人の説明や供述に基づく診断ありきの精神鑑定」(31頁10行目)と指摘するが,精神障害の有無及びその程度を診断するために一定程度は被告人の説明や供述に基づかざるを得ない部分が生じることが否定できないことからすると,正当な説示といい難い。さらに,上記説示に関連して,同鑑定の診断結果すなわちⒸ鑑定人が立てた仮説を前提とした場合に,被告人が高校2年生時の同級女子生徒に対する硫酸タリウム投与未遂や3年生時の女友達に対する首絞めの際に行為を中止することができた理由を合理的に説明することが著しく困難であるとする原判決の説示も,上記鑑定の結果を前提とした場合でも上記の各時期に被告人の双極性障害が躁状態になかったためという合理的説明が可能であるとする所論を否定する根拠として薄弱である。また,原判決は,上記「道徳観倫理観検査」及び「比ゆ皮肉検査」について,幼児や小学生を主な対象とする検査内容であり,知的能力の高い大学生である被告人に用いるのは不適切であって,被告人がⒸ鑑定人の立てた仮説に迎合する虚偽の回答をした可能性がある,グラフィング等について,あくまで被告人の説明や供述に依存する検査結果である上,Ⓒ鑑定人として質問者の意図が透けて見える質問の仕方をして,その意図を汲み取ることができる被告人の供述をⒸ鑑定人の立てた仮説に沿って誇張させた可能性があるから,供述の信用性が低く,その供述を前提とするグラフィング等の結果を判断の基礎にできない,と説示するが,適切さを欠くといわざるを得ない。すなわち,それらの説示は被告人が意図的に自己の精神症状について誇張した供述をしていることを想定したものと解されるが,被告人に他人の内面に対する想像力の欠如から共感性がなく,相手の表情や空気を読むことが苦手で,社会的コミュニケーションや対人相互関係の持続的障害があるという特性をもつ発達障害があるほか,詐病の可能性がないことは,原判決が信用性を肯認するⒶ鑑定で前提とされていることに照らすと,被告人が各種検査に対して意図的に虚偽の回答をしたとする前提に立った上,Ⓒ鑑定人の実施した検査に信用性がないと評価することは相当でないというべきである。しかも,Ⓗ証言によれば,双極性障害の診断に当たり患者から睡眠状態等の周期的な変動の経過を聴き取ることは重要な作業であり,グラフィング等はその聴き取りを補充するものとして十分に意味があるというのであり,グラフィング等がそのような聴き取りを補充する手法であるとする点は首肯できる上,Ⓐ鑑定のほか,Ⓐ鑑定人の当審証言に照らしても,それを否定すべき精神医学上の根拠は見出せない。以上のとおり,Ⓒ・Ⓑ鑑定の検査手法に関する不適切を指摘する原判決の説示には首肯できない部分があるといわざるを得ない。c もっとも,Ⓒ・Ⓑ鑑定は,精神鑑定の前提資料とすべき捜査記録から認められる本件各犯行時及びその前後の被告人の行動等に関する検討が不十分である上,被告人が重度の精神障害に起因する症状に支配されて本件各犯行に及んだとする結論を導いた判断過程に合理的根拠があるといえないから,同鑑定の信用性を否定した原判決の判断は結論において正当であって,上記bの検査手法に関する原判断の誤りがその結論に影響を及ぼすものではない。すなわち,まず,鑑定の前提資料の検討不十分について,Ⓒ鑑定人は,鑑定資料である捜査記録のうち,殺人事件に関連する記録に目を通したものの,それ以外の事件に関する捜査関係記録を細かく確認することなく,鑑定によって把握した被告人の気分変動等の全体的な大きな流れの中における犯行と見たというのである。そして,Ⓒ・Ⓑ鑑定で,本件各犯行時やその前後における被告人の現実の行動等について,被告人の精神症状の影響の有無や程度がどうであったかを詳細に検討することなく,上記a掲記の鑑定結果を導き出していることからすると,結局,その鑑定は,被告人の上記発達障害及び双極性障害が重症であるから是非弁別能力及び行動制御能力に対する影響も重大であり,被告人が上記精神障害に起因する精神症状に支配されて本件各犯行に及んだ,とする判断過程によって,結論を導いたものと解するほかない。しかし,被告人が犯行当時に重度の精神障害を患っていたとしても,そのことから直ちに被告人が心神喪失の状態にあったと判断すべきでなく,その責任能力の有無や程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機や態様等を総合して判定すべき(最高裁判所昭和58年 第1761号昭和59年7月3日第三小法廷決定・刑集38巻8号2783頁参照)とされていることに照らし,上記のような判断過程で結論を導いたⒸ・Ⓑ鑑定を採用することは困難といわなければならない。その上,発達障害が重度であるとする診断について,上記 cのとおり,DSM-Vの診断基準に照らし,生活全般に破綻の見られない被告人について重度と評価し得るかについて疑義がある上,双極性Ⅰ型障害の診断についても,その診断基準のうち気分の障害が社会的機能に著しい障害を引き起こしている,あるいは自己又は他人に害を及ぼすことを防ぐため入院が必要であるほど重篤であることとされる基準に照らし,被告人の場合に当てはまるとは考え難い。さらに,双極性Ⅰ型障害とする診断は,鑑定の際のグラフィングで被告人が本件各犯行当時の気分について躁状態を意味する2の数字辺りに記入したことと,被告人面接で被告人がした本件各犯行当時の気分に関する供述を前提としたものであるが,上記のとおりグラフィングの臨床診断上の有用性は認め得るものの,本件では平成28年5月から8月までに実施された鑑定期間中に被告人が高校1年生時の平成23年4月から逮捕後の平成27年7月までの気分の変化の度合いを被告人の判断で記入させたという方法で作成された記録であるから,Ⓒ鑑定人が自認するとおり,正確性に限界のある検査手法といわざるを得ない。そして,Ⓒ鑑定人が家庭裁判所で実施した鑑定時と併せて2回にわたり実施されたグラフィングの結果がおおむね一致したことなど,検証を加えた点を踏まえても,Ⓒ鑑定人が述べるように被告人の気分に日内変動があることや,そもそも被告人の本件各犯行時及びその前後の行動に検討を加えていないことに照らすと,グラフィングによって本件各犯行当時の被告人の精神状態を正確に把握できたものとは認め難い。また,Ⓒ鑑定人は,本件各犯行時の被告人について,全てが許されると考える状態であったと判定するが,被告人自らハイテンションだったと述べるものの,全てが許されると述べておらず,むしろ被告人の本件各犯行時及びその前後の行動に自己の行為の違法性や有責性を認識していたことを示す事実が認められるから,鑑定の前提とすべき事実や経過を見誤っているものというほかない。以上のとおりであるから,Ⓒ・Ⓑ鑑定に依拠して被告人の責任能力を認定判断することはできないというべきである。d なお,所論は,被告人の殺人欲求の想念について,被告人の意思によらずに湧き上がってくる強迫症状といえる,とするⒷ鑑定人の原審供述(以下「Ⓑ証言」という。)に依拠し,その症状が被告人の発達障害及び双極性障害による異常な精神症状が生じていることを証明するものであり,原判決の責任能力の認定に合理的な疑いを生じさせる,という。しかし,Ⓑ証言は,次のような内容である。すなわち,Ⓒ・Ⓑ鑑定実施に伴うⒾ病院での鑑定入院中に被告人に対して薬物療法,精神療法及び心理教育を施し,まず,薬物療法によって気分が安定するようになり,医療関係者による介入に抵抗がなくなり,更に精神療法と心理教育を細やかに行っていく中で,それまで自分が病気であるという意識が全くなかったのが,自分にずれがあることに気付いて悩み始めるという変化が見られた,発達障害はその基盤は変わらないが,被告人の殺すことに関するかなり奇妙な認知の在り様を変えることができる,ただし薬物療法だけで変えることはできず行動療法が必要である,強迫症状と診断した経過は,上記入院期間の終盤になると,被告人がそれまで自分に対して全く抱いていなかった違和感を感じ始めたことから,違和感があるのにそれが湧き上がってくることを強迫症状と呼称するので,それを用いるのが妥当と考えたほか,強迫症状となれば治療の枠組みに入れやすくなり,強迫神経症の治療方法を用いることができるために有用と考えた結果である,というものである。このように,Ⓑ鑑定人は,鑑定入院中に薬物療法,精神療法及び心理教育を施した結果,被告人の心理状態に見られた変化を捉え,これを強迫症状と診断することで強迫神経症の治療方法を被告人に用いることができるという有用性を踏まえて,上記診断をしたと見られるもので,治療という目的を優先させた結果の診断であると認められる。しかも,それまで被告人自身が違和感を全く感じていなかったともいうのであり,原審記録に照らしても,本件各犯行時及びその前後に,被告人が違和感を抱いているのに自己の意思によらずに殺人欲求が湧き上がってきていたと見られるような事実関係は全くうかがえないから,本件各犯行当時の被告人に強迫症状が存在したとは考え難い。さらに,所論は,被告人の人を殺したいという考えについて,発達障害により興味が限局して生じた強い執着であり,強迫症状又は自生思考と捉えることは誤りであるという原審Ⓐ証言とも矛盾するものである。したがって,Ⓑ鑑定人による強迫症状とする上記診断は,原判決の責任能力の認定に合理的な疑いを生じさせる事情ではない。さらに,所論は,原判決の責任能力判断の前提事実の認定及びその評価に誤りがあり,それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるという。しかし,まず,所論がⒸ・Ⓑ鑑定に依拠し,本件各犯行当時の被告人の発達障害及び双極性障害の精神症状が重篤であったことを前提として論じる部分は,既に述べたとおり,その鑑定結果の信用性を肯認することができないから,採用の余地がない。次いで,所論に鑑み,各犯行について個別に検討する。a タリウム事件(①)の各犯行について所論は,原判決がタリウム事件の前や犯行経過等に被告人の責任能力を否定すべき特異な言動があるのに,それらの事実を認定せず,都合の良い一部の被告人の行動だけを拾い出す誤った事実認定をしたとして,被告人が,タリウム事件に先立つ時期に,皮膚断面を観察する目的で自己の腕を切り,人体の反応を確認する目的で鎮痛剤等を大量に摂取し,毒性の強い亜硝酸ナトリウムを自らなめたほか,他人から見てもハイテンションな状態で,妹に硫酸タリウムの入手を楽しそうに話したこと,①㋐の犯行後に気分変動が見られたこと,㋐及び㋑の犯行で硫酸タリウムの投与量を確信し,㋑ⓑの犯行で1回目に被害者に投与した硫酸タリウムがほとんど体外に排出されたと確信し,分散投与の影響を確かめたい気持ちを抑えられずに2回目の投与に及んだ事実を認定しなかった,というのである。しかし,所論が指摘する上記事実は,その評価は別として,原審記録中の被告人の公判供述等の証拠に現れた事実であるとともに,原審弁護人の弁論で指摘されたものであり,その原審弁護人の主張を受けて,原判決が,争点に対する判断の「⑹弁護人らの主張」の「ウ本件各犯行時の被告人の言動」の項(34頁)で,原審弁護人が本件各犯行時及びその前後における被告人の行動の異常性を指摘した点について,本件各犯行時の被告人の判断能力や行動制御能力に問題があるという疑いを差し挟む事情でない旨の判断を示しているから,上記事実を考慮していないとする所論は当たらない。さらに,Ⓐ鑑定を採用した上で原判決が認定した事実に加えて所論指摘の上記事実を考慮しても,タリウム事件の各犯行当時に被告人に完全責任能力が備わっていたという判断に至ることは不合理といえないから,原判決も,上記事実を考慮しても犯行当時の被告人の精神障害の犯行への影響が限定的であり,被告人に完全責任能力が備わっていたものと判断したと解される。要するに,原判決は,その結論を導いた推論過程で重視しなかった上記事実を逐一指摘しなかったにすぎないものであり,所論は採用できない。さらに,所論は,原判決が被告人の問題行動を通常の範疇に収まる行動である旨の誤った評価をした,という。この点について,原判決は「被告人の生活状況をみても,自宅や高校で特に異常な言動はしておらず,おおむね通常の範疇に収まる行動をとっていた。」(23頁末行ないし24頁2行目)と説示している。そして,化学薬品について,学校に持参して同級生になめさせたり家庭で自分や妹がなめたり父親に見付かって警察で厳重注意を受けるなどの特異な行動が一部に見られることは,所論のとおりであるものの,同級生が被告人について変わった言動があるものの常軌を逸してハイテンションな状態ではなく,人当たりが良くて周囲とうまく交友していると受け止めており,学業面や交友関係等の学校生活や家庭生活の継続に支障を来すほどの破綻した生活態度や言動が見られなかったこと,父親や警察に発覚した際に反省の態度を見せるなど,常識的な対応をしていることなどを考慮すると,原判決の上記説示が誤りであるとする評価は当たらない。なお,被告人が①㋐の犯行時に非常階段で開封した硫酸タリウム瓶にストローを突き刺したが僅かな量しか付着しなかったため,同所で硫酸タリウムを混入させることを断念した旨の原判決の説示(7頁23行目ないし8頁3行目)は,非常階段でストローに硫酸タリウムを付着させて混入しようとしたが,ほとんどストローについていない状態で0.1グラムも入っていない感じであったので,カラオケの部屋に戻ってからもう1回混入したという被告人の原審供述に照らし,「断念した」と表現した点で正確を欠くといわざるを得ない。しかし,この誤りは原判決の結論に結び付くものでないから,判決に影響を及ぼさない。また,所論は,原判決が「各犯行の準備段階において,年齢を偽って硫酸タリウムを入手した」(23頁24行目)と説示した点について,硫酸タリウムが被告人の限局した興味の対象となって買い集めた複数の薬品の一つにすぎず,犯行の準備として購入したものでなく誤りである,というが,硫酸タリウムを含む薬品を購入した理由として収集して所持したい気持ちと人に投与したい気持ちの双方があったという被告人の原審供述に照らし,上記説示が誤りとはいえない。所論は,被告人が硫酸タリウムの購入時点で特定の被害者に対して投与することまでは考えていなかったことを捉えて,「各犯行の準備段階」との説示の誤りをいうものと解されるが,原判決も硫酸タリウムの購入がタリウム事件の各犯行の準備行為と認定しているものでないから,所論は当を得ない。⒝ 次に,動機及びその形成過程について,所論は,被告人の発達障害の特性を理解して初めて説明可能となるものであり,通常人の心理として了解可能なものでないのに,原判決が,判断過程で除外すべき被告人の障害特性を踏まえた上で,硫酸タリウム投与の動機が了解可能であると判断し,動機形成過程が通常の心理過程の延長として十分に理解が可能である旨説示したほか,タリウム中毒の症状を自分の目で見ることが次第に現実のものとして近づく中で欲求を膨らませて自身の気分を高揚させていった,①㋑の1回目の投与で想像したほど症状が出ていないことから2回目の投与に及んだ,などと被告人の原審供述等の証拠に基づかない認定をしたことが誤りである,というのである。しかし,発達障害の特性に由来する興味の限局について,その興味の対象が人によって異なることに加え,被告人が,高校で化学の成績が良かったことから化学に関する興味を深めて化学薬品に強い関心を持ち,インターネットで調べるなどする中で毒性の強い硫酸タリウムに執着するようになったというのであるから,そのような経過に照らして,興味の対象を選択したのは被告人自身の考えに基づくと見るべきである。また,被告人が発達障害に起因する興味の限局として化学薬品,取り分け硫酸タリウムに強い興味や関心を偏らせたことを踏まえても,被告人自身の考えに基づいて形成した動機であり,了解可能と判断することは不合理でない。そして,動機が形成された過程を見ても,強い興味の対象を入手してうれしさの余り家族に話したり同級生に見せびらかしたりする,手元にあったため実際に使用してみたくなる,使用してみたが想像と異なっていたためもう一度使用して確認してみる,という心情や行動自体は通常の心理過程として理解することが可能であり,単に興味の対象が特異であったにすぎないから,被告人が当時16歳で精神発達が未成熟であることを併せ考慮して,通常の心理過程の延長として十分理解可能と評価した原判断が不合理とはいえない。所論は,通常人であれば投与された人の苦痛を想定できるから,タリウム化合物を人に投与すれば中毒症状が出ることを知りながら単に中毒症状を見てみたいという動機で人に投与しようと考えることはあり得ず,被告人の発達障害の特性を前提としなければ動機を了解可能といえない,というが,そもそも発達障害のない者が中毒症状を観察する目的でタリウム化合物を人に投与する行為に及ぶことがあり得ないという前提自体が根拠を欠くといわざるを得ない。なお,原判決が証拠に基づかずに動機形成過程を認定したとする所論について,原判決の認定した動機及びその形成過程は,被告人の原審供述の内容と異なるとしても,原審で取り調べられた証拠によって認められる事実関係から合理的に推認できるものであるから,事実の誤認はない。⒞ さらに,犯行前後の被告人の行動等について,所論は,被告人が各犯行に向けて筋の通った合目的的な行動をした旨の原判決の評価が誤りであるといい,具体的に,観察目的に不適切な対象者を選択したことや,硫酸タリウム購入時に身分証明書が必要と考えていなかったことを指摘する。しかし,被告人は,他人に対する硫酸タリウムの投与を決意するや,その投与対象者について,まず,最初に実行を決意した日が日曜日であったため,休日に自然に呼び出せる小中学時以来親しい友人を選定し,次に,同日の夜か翌月曜日の朝に再度実行を決意すると,通っている高校で座席が近いため,硫酸タリウムの飲料への混入が比較的容易で,発現した中毒症状を観察しやすいと考えた同級生を選定したもので,このように投与の機会が得られるとともに,直接又は間接に中毒症状を知ることが一定の程度可能と考えられる身近な人物を選定したものであるから,対象者の選定について筋の通った合目的的な行動と評価した原判断に誤りはない。しかも,被告人が,後記のとおり各被害者に完全に溶け切らせた硫酸タリウム入りの飲料を飲ませたほか,別の同級女子生徒に投与しようとした際に硫酸タリウムが飲料に溶け切らなかったために実行を中止したことから,自己の犯行と気付かれないよう隠密に投与することを企図していたことがうかがえるところ,観察する目的に最も適した家族を対象にしなかったことも併せ考えると,硫酸タリウム投与の実行及び中毒症状の観察の実現に加えて自己による犯行発覚を免れる目的のいずれをも満たす対象者として,各被害者を選定したことは合目的的と評価することができる。そして,各犯行時の行動を見ても,被告人は,各被害者のほか,カラオケ店の客や従業員,あるいは学校の同級生が誰もいない状況になった機会を捉えて,あらかじめ用意した硫酸タリウムを各被害者の飲料に混入したのであるから,硫酸タリウムの混入について,他人に隠して実行すべき行為と認識していた上,そのような犯行の実行に適した機会がどのような状況であるか分かっており,その機会が訪れるまで待つことのできる精神状態であったものと認められる。しかも,被告人がカラオケ店で,1回目の混入量が少なかったと思ったことから,被害者が席を立つ機会を待った上で2回目の混入に及んだことからも,状況を理解した冷静な判断をしたものといえる。さらに,混入後の飲料をかき混ぜたり回し振ったりして,硫酸タリウムを完全に溶解させて各被害者に投与した行動から,各被害者に知られることなく確実に投与しようとしたものと認められる。このように,各犯行時の被告人の行動は,各犯行の実現に向けた合目的的な行動といえる上,その際の被告人の判断能力や行動制御能力が著しく障害されていなかったことを示している。その他,所論の指摘する事情を検討しても,被告人が各犯行に向けて筋の通った合目的的な行動をしたと評価した原判断に誤りがあるとは認められない。なお,被告人が硫酸タリウム購入時に身分証明書を要求されると考えていなかったとしても,当時16歳という年齢に照らして不自然とも不合理ともいえないから,被告人の責任能力に疑いを差し挟む事情ではない。⒟ 以上のような被告人の行動等に照らし,犯行動機が発達障害に起因する興味の限局に基づくタリウム中毒の症状の観察という欲求に影響されているものの,その欲求を満たすために硫酸タリウムを他人に投与することは被告人自身が決意した上,各犯行の実現に向けて合目的的に行動し,上記欲求により気分が高揚している状態であっても,犯行の機会が訪れるのを冷静に待つことのできる精神状態にあり,違法性の認識もあったものと認められるから,発達障害及び軽躁状態の影響が限定的であり,判断能力及び行動制御能力が著しい減弱状態になかったことについて,合理的な疑いを差し挟む余地はない。b 火炎瓶事件(②)の各犯行について所論は,原判決が,犯行の前や直前直後における被告人の睡眠時間の減少,深夜の無目的な自転車による徘徊,犯行時に火炎ペットボトルを衝動的に縁側に置いたこと,確実に焼死体ができると確信したことなど,被告人が躁状態であったことを示す事実を認定しなかったことが事実の誤認である,というが,被告人が火炎瓶事件の各犯行時に躁状態であったという前提自体が誤りである。そして,上記aと同様,所論指摘の事実のうち原審記録中の証拠に現れた事実であって,原審弁護人の弁論で指摘された点に関し,原判決が個別の説示をしていないものの,検討を加えた上で各犯行時の被告人の判断能力及び行動制御能力に著しい影響を及ぼさなかったと判断したものと解されるから,その点に事実の誤認はない。なお,所論は,上記事実を発達障害の特性と捉えた原判断が誤りであるというが,この点に関する原判決の説示は次のようなものである。すなわち,原審弁護人が,被告人がⓐ重篤な発達障害かつⓑ重度の躁状態を伴う双極性Ⅰ型障害であるとする主張を前提とし,本件各犯行時及びその前後の被告人の行動にずさんな点や場当たり的な点があることを挙げてその異常性を指摘したことに対し,被告人が興味の限局する特性のある発達障害を抱えていることに照らし,本件各犯行時に意識が当該犯行ばかりに向き,周辺的な状況や事後のことに関心が向かずにずさんな点や場当たり的な点が生じても不自然でなく,そのような被告人の発達障害に対する適切な理解を基礎とすれば上記指摘の点はいずれも十分に説明が付くものであり,そもそもⓐⓑの主張が採用できないことも併せ考えれば本件各犯行時の判断能力や行動制御能力に疑問を差し挟む事情でない(34頁ウの項),というものである。この説示から見ると,原判決は,被告人の関心が当該犯行に集中してその余のことに向かなかったことが発達障害の特性に基づくことを説明したにすぎず,所論指摘の事実を発達障害の特性そのものと捉えたものでないから,原判決の上記判断に不合理な点は認められない。また,原判決は,被告人が上記ⓑの重度の躁状態を伴う双極性Ⅰ型障害とする主張を採用しなかったから,所論が躁状態を示すとする事実について,躁状態を示すものでないと判断したと認められ,所論は前提を欠く。さらに,所論は,その指摘する躁状態を示す上記事実に加え,原判決の指摘する法医学者の書籍を再読するや直ちに犯行を実行に移した,高校の制服を着用して深夜徘徊をした,被害者方居宅を妹の同級生の居宅と思い込んだ,不合理な放火方法を選択した,という犯行時及びその前後の事実関係を併せ考慮すれば,被告人の責任能力に合理的な疑いが生じるのに,原判決は考慮すべき事実を無視して完全責任能力を備えていたという誤った評価をした,という。しかし,放火方法の選択が不合理なものといえないことは,後記⒟のとおりであり,被告人がその当時に高校の制服を好んで日頃からよく着用していたと述べていることに照らし,制服を着用して深夜徘徊したことが所論のように行動の異常性を示すとは考えられない。所論の指摘するその他の点を考慮しても,火炎瓶事件の各犯行当時の被告人の判断能力及び行動制御能力が著しく障害されていたといえないとした原判断について,不合理な点は認められない。⒝ もっとも,被告人が放火を実行する目的で実家から外出した日時について,原判決が被告人の検察官調書(乙第9号)に依拠して平成26年8月30日午前2時から午前2時30分頃と認定した点は誤りであり,所論のとおり被告人が原審公判で述べた同年8月29日午後9時頃と認定すべきであった。すなわち,原判決は,被告人の上記原審供述の信用性を否定した理由について,実家に居住する母親や妹が被告人の行動に気付いた形跡がないことと,被告人が上記検察官調書から供述内容を変更したことに関し合理的な説明がないことを挙げているが,まず,家族が気付いた形跡がない点について,当時の被告人が両親と余り接していなかったことや,火炎瓶事件の各犯行時から母親や妹が捜査機関による事情聴取を受けるまでに数か月以上が経過していたことに照らし,同月29日午後9時頃に被告人が外出したとしても,家族が気付かなかったか記憶していなかった可能性を否定できない。その上,被告人が供述内容を変更した理由について,原審公判で,その当時は夜中に外出することが多く,別の日の午前2時ないし2時30分頃に外出した記憶と混ざってしまった,火炎瓶事件のときは外出後に深夜営業をしていない店に立ち寄った記憶がある,実家で居ても立ってもいられなくなって外出した,といい,思い出した経過について,弁護人との接見で放火殺人未遂事件(④)前後の話を聞かれて自転車で徘徊していたことを思い出し,次いで火炎瓶事件のときも同様であったことを思い出した,と述べているところ,そのような理由や経過で犯行前の外出日時に関する供述を変更しても必ずしも不合理とはいえない。その上,被告人が発達障害の特性により質問者の意図を理解することが困難で,余り重要と考えずに明確な記憶がなくても理論的に整合する回答をする場合があるという供述傾向がうかがわれることからも,上記供述の変更が被告人の原審供述の信用性を否定すべき事情とは認め難い。ただし,被告人が②㋑の点火に及ぶ数時間前に実家から外出した上,同犯行に及ぶまで長時間にわたり自転車で徘徊していた事実を考慮しても,原判決が認定した火炎瓶事件の各犯行時及びその前後の被告人の行動全体を見ると,被告人の発達障害と双極性障害の精神症状が火炎瓶事件の各犯行時の被告人の判断能力及び行動制御能力に著しい影響を及ぼしたものとは認められないから,原判決の上記外出日時に関する誤認は判決に影響を及ぼすものではない。なお付言すると,被告人の各犯行時頃の睡眠時間の減少や深夜徘徊に関するエピソードは,気分の高揚ないし軽躁状態であったと見ることができるから,そのようなエピソードの存在から直ちに被告人が各犯行時に躁状態にあったと認めることはできない。そして,後記⒟のとおり,各犯行時及びその前後の被告人の行動を見れば,躁状態になかったことが優に認められる。⒞ 動機の了解可能性について,所論は,人の死や焼死体に強い興味を持つこと自体が健常な精神状態における動機として理解できないものであり,被告人の精神障害の特性を前提にしなければあり得ない,というようであるが,所論の前提自体に根拠がなく,採用の限りでない。そして,被告人は,発達障害に起因する興味の限局として人の死や焼死体に強い興味や関心を抱いていたところ,火炎瓶事件の各犯行前に焼死体について記述された法医学者の書籍を読んで生活反応のある焼死体を見たくなり,自ら放火してそのような焼死体を作ろうと考えて犯行を決意したものと認められる。そして,そのように被告人が人の死や焼死体に興味や関心を偏らせたのは,上記a⒝と同様に,被告人自身の考えから出たものというべきである上,焼死体を観察したいという欲求を満たすために自ら焼死体を作る目的で放火を決意したこと自体も,被告人自身の意思であるから,原判決がその動機が了解可能と判断したことについて,不合理な点は認められない。⒟ 犯行の合目的性について,所論は,被告人が,家屋に放火するに当たり,火炎ペットボトルを用いたことが延焼の危険性のないものを選択した突飛で稚拙な方法とする前提の下で,その方法を考え付いてから約2年が経過した後に変更を加えないまま実行に移したことをもって,犯行時に被告人が重篤な躁状態に支配されて行動抑制が効かなかったことを示す,という。しかし,火気を燃料と共に使用する方法であるから,家屋に放火する手段として合目的的と評価することができ,所論のように異常な行動とは見られない。若干付言すると,被告人が製作した火炎ペットボトルは空の500ミリリットル容量のペットボトルに約350ミリリットルの灯油を入れ,その口に新聞紙を挿し込んで芯としたものであり,被告人は,実際の放火時に家屋の縁側にそのボトルを置き,それに被せるように着火剤をまいた後,新聞紙の芯にマッチで点火しており,単純に火気を用いるだけでなく,燃料と着火剤を用いるなど,火力を増すように工夫を凝らしている上,被告人はインターネットで調べて火炎瓶による放火の方法を知り,ペットボトルを用いれば中の芯に着火すると燃えて中に入れた灯油に引火した後にペットボトルが溶けて中の灯油が外に流れ広がり引火して対象物を燃やすことができるという発想の下で,本件で使用した火炎ペットボトルを製作したものであるから,そのような被告人の認識に照らしても,火炎ペットボトルによる放火が手段の選択として合目的的であるという原判決の評価が経験則に反して不合理であるとする所論は採用できない。そして,上記のような火炎ペットボトルの構造やそれを家屋の掃き出し窓に接着する木製の縁側に置いたこと,現にその窓のガラスをひび割れさせた結果からして,延焼の危険性がなかったとはいえない。また,約2年前の計画をそのまま実行することがあり得ないとする所論の前提自体が根拠を欠くものというほかない。そして,被告人が火炎瓶事件の各犯行時に重篤な躁状態に支配されていなかったことは,その犯行時及びその前後の被告人の行動等から明らかである。すなわち,被告人は,放火を決意するや,その対象とする住居について,放火の実行が比較的容易で,葬儀に参列して焼死体を見ることのできる対象者が居住すると考えていた家屋を選定して被害者方居宅を狙い,家人の寝静まった深夜の時間帯まで待ってから放火を実行したものであり,被告人が焼死体を見たいという欲求を抱きながら,実行に適した機会を待つことのできる精神状態であったことや,自己の行為が違法であることを認識していたことが明らかである。さらに,被告人は,火炎ペットボトルを準備,持参して被害者方居宅に赴き,上記のとおり合目的的な手段によって放火の犯行を実行した後,直ちにその場から退去したものであり,被告人が重篤な躁状態に支配されて行動抑制が効かない状況にあったとは考えられない。以上のような被告人の行動等に照らし,犯行動機について発達障害に起因する興味の限局に基づく焼死体の観察という欲求に影響されているものの,犯行を決意したのは被告人自身の判断に基づく上,犯行実現に向けて合目的的に行動し,かつ,冷静な精神状態にあって,違法性の認識もあったといえるから,発達障害及び軽躁状態の影響は限定的であって,被告人の判断能力及び行動制御能力は著しく減弱した状態になかったことが明らかである。c 殺人事件(③)の犯行について所論は,原判決が被告人の犯行時及びその前後の行動等のうち被告人の責任能力を疑わせるような事実をあえて認定せずに,犯行時の判断能力や行動制御能力に問題がないと評価したこと(27頁19行目及び20行目)が事実誤認であるといい,具体的に次のような事実を指摘する。すなわち,被告人が犯行前の数日間にわたって眠れないまま数時間も自転車で徘徊する状態にあったことや,犯行の最中にカーテンが開いた状態で実行に及ぶなど,人目を気にすることと矛盾する行動が認められること,殺す気なのかと尋ねた知人である被害女性に対し,「はい,人を殺してみたかった。」と返答して殺害行為に及ぶという異常な言動があったこと,犯行後に遺体の断面を見たくなってのこぎりを買いに行き,ついでに菓子を購入したほか,試験勉強をするなど,状況を冷静に理解していると思われない行動をとっていたこと,遺体を自室に放置して帰省したことなどをあえて認定しなかった,というのである。しかし,被告人が殺人事件の犯行時に躁状態にあったとする前提が誤りである上,上記a と同様に,所論指摘の事実のうち原審記録中の証拠に現れた事実であって原審弁護人の弁論で指摘された点に関しては,原判決で個別の説示までしなかったものの検討を加えた上で犯行時の被告人の判断能力及び行動制御能力に著しい影響を及ぼしていないと判断したものと解されるから,その点に事実の誤認はない。そして,犯行前の被告人の睡眠時間の減少や深夜徘徊の事実から犯行時に被告人が躁状態であったといえないことは,上記b⒝で説示したところと同様である。なお,犯行時のカーテンの状態や遺体の放置に関する所論の指摘が当を得ないものであることは後記⒟のとおりである。さらに,犯行時の知人女性に対する応答のほか,犯行後にのこぎりと菓子を購入したことや試験勉強をしたことは,被告人の発達障害の特性である共感性の欠如や興味の限局に由来する言動と見られるが,それらの行動を踏まえても,後記 のような犯行時及びその前後の被告人の行動に照らし,犯行時の被告人の判断能力及び行動制御能力に著しい影響を与えるような病的な精神症状は認められない。⒝ 次に,動機の了解可能性について,当時19歳であった被告人が人の死や少年犯罪に強い関心を抱いていたことに照らし,成年に達する前に自分の手で人を殺す体験をしてその際の人が死にゆく様子を見てみたいという動機が十分了解可能なものとした原判決の判断に不合理な点は認められない。これに対し,所論は被告人の精神障害がなければ上記のような関心を抱くことがなく,上記のような動機から犯行に及ぶことがあり得ないとの前提に立つものであり,採用の限りでない。そして,被告人は,発達障害に起因する興味の限局により人の死や人を殺すことに強い興味や関心を抱いていたものであり,本件で自分の手で人を殺す体験をして人の死亡する過程を見たいという欲求から犯行に及んだものであるが,前記 f及び dで述べたとおり,人の死や人を殺すことに興味や関心を抱いてそれを深めたのは被告人自身の意思によるものであって,精神病症状に影響されたものでないから,動機が了解可能とした原判断は不合理なものでない。また,所論は,動機形成過程に関する「憧れていた犯行を目前にして胸が膨らみ,それを実現した達成感を覚えるという通常の心理過程」(26頁22行目及び23行目)である旨の原判決の説示について,快楽殺人である可能性を否定した鑑定人3名の一致した専門的意見を無視したものであり,躁状態による気分の高揚という双極性障害の精神症状であるのに,証拠上の根拠なく誤った認定をした,というが,被告人が犯行前及び犯行時に躁状態にあったとする前提が誤りである上,原判決の上記説示は,原審で取り調べられた証拠により認められる事実から推認し得るものであるから,不合理といえず,被告人がそれに沿う供述をしていないことが上記認定を妨げるものではない。もとより原判決が快楽殺人であるとする動機を認定したものでないことは,その説示に照らして明らかである。⒞ さらに,所論は,被告人が犯行の約1か月前に殺人に及ぶか否かを逡巡していた事実について,被告人に殺意が浮かんだ場合でも躁状態に至っていなければ犯行を抑制できたから,犯行の約1か月前に逡巡していた事実が犯行時の責任能力の判断に当たり意味のないものであり,原判決が犯行時に被告人が逡巡しなかった事実を考慮せず,犯行時や直前の気分の高揚を無視して誤った判断をした,というものと解される。しかし,犯行の約1か月前に被告人が警察に捕まることで大学院への進学が困難になることに思い至り,殺人に及ぶことを逡巡した事実は,被告人が自分の実行しようとしている殺人行為について警察に逮捕される違法行為であることを明確に認識していたことを示す事情であるから,殺人事件の犯行について違法性を認識しており,被告人に判断能力があったことを示す一事情として責任能力を判断する上で十分に意味のある事実である。そして,犯行時及びその前後の行動等に照らしても,殺人事件の犯行時に被告人に上記のような違法性の認識が欠如した精神状態にあったとは認められないから,犯行時に被告人に逡巡が見られなかったとしても直ちに原判決の責任能力に関する判断を左右するものでなく,原判決が犯行時や直前の被告人の気分の高揚を考慮せずに誤った判断をしたとはいえない。⒟ また,所論は,被告人の犯行時や犯行後の行動について,原判決の評価に誤りがあるといい,閲覧者の制限されていないアカウントから犯行に関するツイートを書き込む,多数の集会参加者と会話をする,カーテンを閉めずに犯行に及ぶなど,人目を気にしていないことを示す事実を認定しながら,人目を気にするような行動もうかがわれるとする矛盾した認定をしたことや,仙台帰省後に妹に血の付いたズボンを洗わせた行為を証拠隠滅行為と評価したことが誤りである,というのである。しかし,まず,「人目を気にするような行動」(27頁7行目)という原判決の説示は,被告人が犯行着手後に自室のカーテンを閉めたことや,犯行後に仙台に帰省することで現場を離れた上で,妹にズボンを洗わせたことを指すものと理解できるから,その判断に誤りはない。すなわち,犯行着手時にカーテンが開いていたものの,被告人が知人女性を手斧で殴打している最中にカーテンが開いていて向かいのアパートから自室内が丸見えになっていることに気付いたことから,急いでカーテンを閉めたことに照らし,人目を気にしていたことは明らかである。次いで,所論は,Ⓗ証人の論文及び被告人の原審供述を根拠に,妹にズボンを洗わせた行為が証拠隠滅行為でないというが,Ⓗ証人が被告人との面接等に基づいて事件当時の被告人の行動等を検討したものでない以上,同証人の見解は根拠に乏しいものといわざるを得ない。また,被告人の原審供述は,妹がよく家の洗濯をしていたから血の付いたズボンを洗うよう頼んだ,というものであるが,上記ズボンをあえて持参して仙台に帰省した後,妹に洗濯させた行為自体に照らし,証拠隠滅の意図があったと評価した原判断が不合理とはいえない。さらに,所論は,被告人が遺体を自室に放置していたことや,知人女性の靴を玄関に置いたままにしたこと,同女の所持品を入れたごみ袋を自宅アパート前のごみ捨て場に捨てたことについて,証拠隠滅と程遠い行為であり,それらの行為に表れた障害特性に鑑みれば,上記の洗濯をさせた行為が証拠隠滅行為とはいえないというが,遺体が被告人の限局した興味や関心の対象から外れていたと見ることができるほか,被告人が犯行後に二度にわたり来訪した母親に対して理由を付けて自室への入室を頑強に拒んだことは,放置していた自室内の遺体を見られたくなかったからとしか考えられないこと,知人女性の所持品をごみ袋に入れて捨てる行為自体が証拠隠滅を企図した行為と見るほかないことから,所論は前提において失当である。なお,被告人が靴について玄関に置くのが自然と考えていたことから,この点も被告人に証拠隠滅の意図があったことと必ずしも矛盾する行動とはいえない。そして,所論指摘のツイートは犯行の具体的内容を記述したものでない上,被告人が殺人事件の犯行を実行した事実を伝えた相手が妹と親しい女友達1名だけであり,同女に対する伝え方も証拠を残さないことを企図して手段を選択した上で行っていることに照らし,人目を気にしたことと矛盾しない。また,犯行前の集会参加時に多数の宗教関係者と会話したことは,その場で不自然に思われない行動をとったと見られるもので,犯行後に被告人方を訪れた同じ関係者に知人女性が既に帰宅したなどと話して,犯行発覚を免れるためのうそをついたことからも,被告人が人目を気にしない行動をとったものとは見られない。さらに付言すると,殺人事件の犯行時及びその前後の被告人の行動に照らし,犯行時に被告人に完全責任能力が備わっていたものと判断した原判決に誤りはない。すなわち,被告人は,自分の手で人を殺してその死亡する過程を見たいという欲求から殺人の実行を考え,観察しやすさから自室内で殺人を実行することとし,自室内に招き入れやすい対象者として,宗教勧誘のため一度被告人方を訪問したことがあり,再訪する予定のあった知人女性を選定した上,再訪日までの1週間のうちに最も抵抗されにくい殺害方法を考えている。また,被告人は,当日に知人女性が自室を訪問すると,事前にその機会に殺害することを想定していたものの,同女とすぐに宗教の集会に参加する話になったことから同道して集会に参加した後,宗教に興味を持ったので解説してほしいといううそをついて同女を自室に招き入れている。さらに,被告人は,自室内で事前に計画したように呈茶を装って同女の背後に回る目的で茶を勧めたが,同女から断られて背後に回る口実を失うと,少し動揺したものの,聖書の解説を依頼してその間に背後に回る別の口実を考えた上,それを実行して同女の背後に回り,用意しておいた手斧を用いて同女を殴打したものである。このように,被告人は,観察する目的で殺害することの可能な被害者の選定や,抵抗されにくい殺害方法等を合目的的に考えて殺人計画を練った上,実行に適した機会を待って殺人を実行し,予定外の状況が生じても,その場で目的達成に適う臨機の対応ができたものであり,冷静な精神状態で合目的的な行動をしたものといえる。しかも,犯行の態様は,事前に計画したとおりに頭部を手斧で複数回にわたり殴打した後,その場で思い付いたとはいえ知人女性のマフラーで頸部を複数回にわたり強く絞めつけたというものであり,殺害及び観察の目的に適う行動として不自然な点がない。そして,上記⒟のとおり犯行の最中に自室のカーテンを閉めたことや,殺害後に知人女性の携帯電話機のGPS機能の作動が気になって電源を確認し,同女の所在確認のために自室を訪ねた宗教関係者に対し,知人女性が帰った旨のうそをついたことから,被告人に違法性の認識があったものといえる。以上のとおり,所論指摘の事実を考慮しても,犯行時及びその前後の被告人の行動等に照らし,被告人が犯行時に発達障害に起因する殺人欲求に支配されて行動抑制が効かなかったとはおよそ認められない上,被告人の衝動性や双極性Ⅱ型障害による軽躁状態の影響がそれほど見られず,犯行時の被告人の判断能力及び行動制御能力に問題がないものと評価した原判断に不合理な点は認められない。d 放火殺人未遂事件(④)の犯行について所論は,被告人が犯行前に睡眠時間が極端に減少したのに眠気を感じず,12月の仙台で夜中に数時間にわたり自転車で徘徊しながら疲れや寒さを感じなかったという明らかな躁状態にあった事実に加え,犯行時にハイテンション状態になって妹が止める間もなく実家を出発して犯行現場に向かい,センサーライトや防犯カメラを気に留めず,放火したことも忘れていたという躁状態を示す事実をあえて認定しないまま,実家を出発するまでの間に特段の異常な言動が見られず,犯行時に適切な状況判断をし,おおむね合理的な行動をとっていると評価した点で事実誤認がある,という。しかし,まず,放火殺人未遂事件の犯行時に被告人が双極性Ⅰ型障害の精神症状である躁状態にあったとする前提に立つ所論は,前提を誤っている。そして,被告人の犯行時及びその前後の行動や経過のうち,被告人の責任能力の存否に影響する躁状態を示す事実をあえて認定しなかったという所論について,その指摘する事実関係は原審記録中の証拠に現れているから,原判決もそれらの事実を考慮した上で責任能力に関する判断を示したと解される上,上記事実関係を考慮しても,犯行時及びその前後の被告人の行動等に照らし,被告人の発達障害のほか飲酒や双極性Ⅱ型障害によって説明が可能であり,それらの障害が犯行時の被告人の判断能力及び行動制御能力に与えた影響が限定的であると評価した原判断が必ずしも不合理とはいえない。⒝ また,動機について,所論は,原判決が,被告人の抱いていた少年犯罪に対する強い興味を前提にしているが,そのことと焼死体を見たいという動機に関連性がない上,人の死や焼死体に強い興味を持つこと自体が健常な精神状態における動機として理解できないから,評価を誤っている,という。この点,原判決は,被告人が人の死や少年犯罪に強い関心を抱いていたことからすれば,生活反応のある焼死体を見てみたいという犯行動機が十分に了解可能なものと説示するが,その説示だけから少年犯罪に対する強い関心と焼死体を見たいという動機との関連性が必ずしも明らかとはいえない。しかし,原判決は,その説示(14頁エの項)のように,被告人が殺人事件の犯行後である平成26年12月8日に帰省して以降,知人女性が入信する宗教の集会が開催される同月14日頃に自分が同女を殺害したことが発覚して警察に逮捕されるのではないかと考えており,その前にかつて失敗した放火を成功させて生活反応のある焼死体を見てみたいと考え,同月12日夜から翌13日未明までの間に放火殺人未遂事件の犯行を決意したこと,放火の犯行に出掛ける際に佐世保市同級生殺害事件を起こした少女が犯行の際に着用した衣服を模して自分が製作したパーカーを着用していたことから,被告人の少年犯罪に対する強い興味や関心が放火殺人未遂事件に影響したものと判断したと解され,そのような判断自体が不合理なものとはいえない。なお,動機が了解可能と評価した点が誤りであるとする所論が採用できないことは,上記b⒞で説示したとおりである。しかも,放火殺人未遂事件で,被告人は,近いうちに殺人事件が発覚して逮捕されると考え,その前に生活反応のある焼死体を見たいと思ったことから,放火によりそのような焼死体を作ろうと考えて犯行を決意したものと認められ,そのような興味や関心を偏らせて放火を決意したこと自体は被告人自身の意思に基づく判断であるから,原判決の評価に不合理な点はない。⒞ さらに,所論は,原判決が,犯行当時の被告人が720ミリリットルのウィスキー1本のほぼ全部を飲んで泥酔状態になった影響から犯行時及びその前後の記憶が曖昧であったのに,理詰めの質問をされると論理的思考により推測して答えてしまうという供述特性があることから,被告人に明確な記憶のないⒻ方敷地への移動時に自分の犯行と分からないように様々な工夫をした旨の事実を認定した点に事実誤認がある,という。まず,所論が原判決の上記認定について被告人の検察官調書(乙第29号)の供述内容の信用性を肯認してそれに依拠したことを前提とするのであれば,原判決が証拠の標目にその供述調書を挙示していないことなどに照らし,同調書の供述内容に依拠したものでなく,被告人の原審公判供述を前提にして事実認定をしたものと考えられるから,所論は前提を欠くといわざるを得ない。また,被告人の原審供述を見ると,所論のとおり被告人が放火殺人未遂事件の犯行直前の多量の飲酒の影響により犯行前後や犯行時の行動に関する記憶に曖昧な部分のあることがうかがわれるものの,記憶にある事柄について率直に供述していると認められる上,弁護人の質問に答えて,Ⓕ方敷地に移動した際の出来事で覚えていることとして,酔ってふらふらになりながら自転車を運転していたこと,道に迷ったこと,夢か現実かはっきりしないものの,防犯カメラを意識して,普段通らない道を通ったり,パーカーのフードをかぶったり脱いだり,自転車の前照灯を付けたり消したりしたことを挙げる一方,防犯カメラや目撃者を意識したことがあるかよく覚えていない,自転車の前照灯を消したことやフードの着脱をした目的について,実家から犯行現場までにある防犯カメラに映った人物が別人であるように装って自分に嫌疑が及ばないようにするためであると説明した上記供述調書の内容が推測して述べたものである,と供述している。そうすると,被告人が推測で供述した内容は捜査段階の取調べにおけるものにとどまり,原審供述に推測による内容がなかったと認められるから,原判決が,被告人の上記原審供述に基づき,「防犯カメラを避けて通常と異なる小道を走ったり,途中から自転車のライトを消したりフードをかぶったりした」(14頁末行ないし15頁2行目)と認定した点に不合理なところはなく,そのような行動をとったこと自体から,自分が犯人と特定できないようにする目的があったことを推認することができるから,原判決の上記認定に事実の誤認はない。なお,所論は,被告人が夢か現実かはっきりしないと述べていることを捉えて,被告人が防犯カメラを意識した行動をとった事実を認定することができない,というようである。しかし,被告人自身が,記憶が曖昧であるにせよ,放火殺人未遂事件の犯行に向かう際の自己の行動として,普段通らない道を通ってフードの着脱や自転車の前照灯の操作をしたという日常的に体験しない事実を公判供述で具体的に明らかにしていることに基づき,その供述の信用性を肯認してそのとおりの事実があったと認定した原判断が不合理とはいえない。⒟ そして,放火殺人未遂事件の犯行が合目的的なものといえることは,上記b⒟とおおむね同様である。すなわち,対象とする住居や実行の時間帯について,放火の実行が比較的容易であることや,焼死体の観察が可能であると考えた上で選定している。しかも,犯行の態様について,被害者方の家人が寝静まっている深夜に,助燃剤としてジエチルエーテルという高い引火性と揮発性を有する物質を用い,被害者方居宅の玄関扉の郵便受けから家屋内にそれを注ぎ込んだ後に火をつけたマッチを投入することにより,火炎瓶事件の態様より燃焼させやすい方法をとっており,家屋を焼損して焼死体を作るための合目的的な手段であると認められる。実際に,被告人自身が火傷を負う危険性のある態様をとりながら全く被害を受けなかったことは,犯行時に被告人がその危険を避けつつ上記の態様で放火を実行することができたことを示しており,犯行時の放火行為を合目的的かつ冷静に実行したものと認められる。以上のとおり,被告人が放火殺人未遂事件の犯行時に躁状態に支配されて行動抑制が効かなかったとは認められず,被告人の発達障害及び双極性Ⅱ型障害が及ぼした影響が限定的であり,判断能力も行動制御能力も著しい減弱状態になかったと判断した原判決が不合理なものとは認められない。e なお,所論は,捜査段階で被告人に対してその障害特性に対する配慮を欠いた取調べを実施して作成された検察官調書(乙第9号及び第29号)の信用性評価に当たり,原判決が上記配慮の欠如を考慮しなかった上,原裁判所が被告人の障害特性を理解する目的で証拠調べ手続の冒頭段階で実施すべきであったⒸ鑑定人に対する証人尋問(弁第8号)を却下した結果,障害特性を踏まえた適切な被告人質問が行われずに被告人の公判供述の評価を誤り,その誤った評価に基づき責任能力に関する事実誤認を犯した,という。しかし,原判決が乙第9号に基づき火炎瓶事件の犯行に際して被告人が実家から外出した時刻について事実を誤認した廉はあるものの,その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかといえないことは,上記b⒝で説示したとおりである。また,上記d⒞で判断したとおり,乙第29号は原判決の証拠の標目に挙示されておらず,その供述内容に基づいて事実認定が行われたと見られないから,所論は前提を欠いている。エ 以上のほか,所論が指摘するその他の点を検討しても,いずれも被告人の発達障害や双極性障害に起因する精神症状の影響がうかがわれない事情か,その影響はあるものの,影響の程度が限定的なものにとどまるにすぎない事情であるから,原判決に所論のような事実の誤認はない。⑷ 以上の次第で,事実誤認をいう論旨は理由がない。4 量刑不当の論旨について⑴ 論旨は,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が,量刑事情に関する事実の誤認に基づくもので,重過ぎて不当である,というのである。そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。⑵ 本件は,前記3に掲記したとおり,被告人が,16歳時の平成24年5月から7月にかけて同年齢の被害者2名に硫酸タリウムを摂取させて中毒症状を生じさせた2回の殺人未遂(タリウム事件),18歳時の平成26年8月に火炎瓶1本を製造した上,それに点火した熱で民家の窓を損壊した火炎瓶事件,19歳時の同年12月に自室で77歳の女性を殺害した殺人事件と,家人在住の上記民家に放火した殺人未遂及び現住建造物等放火未遂(放火殺人未遂事件)から成る事案である。

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