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2018/07/10 18:00 更新

事件番号平成30(う)76
事件名殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反
裁判所名古屋高等裁判所 刑事第2部
裁判年月日平成30年6月13日
事案の概要本件控訴の趣意は第1回公判期日に訂正された弁護人細井土夫作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるが,論旨は事実誤認及び量刑不当の主張である。そこで,原審記録及び証拠物を調査して検討する。1 事実誤認の論旨について⑴ 論旨は,次のようなものである。すなわち,原判決は,犯罪事実第1として,被告人が,平成29年1月20日午後2時15分頃に岐阜市AB丁目C番地所在のD歯科医院で,歯科医師であるD(50歳)に対し,殺意をもって,頸部等を包丁で複数回にわたり突き刺し,収容先のE大学医学部附属病院で同日午後3時06分頃に頸部刺創に基づき失血死させて殺害した,との事実を認定している。しかし,被告人に殺意はなく,傷害致死罪が成立するにとどまるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。⑵ア 関係証拠によると,被告人が,本件当日に刃体の長さが11.4センチメートル前後と15.3センチメートル前後の包丁2本(以下,それぞれ「小型の包丁」及び「中型の包丁」という。)を隠し持って本件歯科医院を訪ね,午後1時55分頃から院内の「診察室2」で,応対した被害者に対し,過去に受けた歯科治療に関する不満等を述べ続けた後,午後2時15分頃に上記各包丁を取り出した上,それらを用いて頸部刺創を負わせた結果,間もなくその傷害に基づいて被害者を失血死させたことが明らかであるほか,次のような経過や事実を認定することができる。イ すなわち,被告人は,平成22年3月から平成28年7月にかけて断続的に本件歯科医院に通院して抜歯を含む歯周病の治療を受けたが,平成25年4月から7月に左上1番の前歯を抜いた上,その両隣の歯4本を削って人口歯牙をかぶせるブリッジ治療を受けた。ところが,被告人は,平成29年1月以降に,被害者が被告人に事前の説明なく実施したブリッジ治療が原因で歯の痛みや不具合が生じたなどとして不満を訴えるようになり,同月16日に手紙を投函し,翌17日に被害者に面談して直接に不満を訴えた上,翌18日に慰謝料を要求し,2日後の本件当日に回答を受けることになったものの,当日の午前中に被害者から連絡が来なかったことから,3日前に購入した上記各包丁を携帯して本件歯科医院に赴き,当日午後1時55分頃から被害者と面談して約束した回答がないことや上記治療に関する不満を述べたが,被害者は上記治療について事前に説明を行ったことや適切なものであったと応答し,慰謝料の支払に応じない態度を変えなかった。すると,被告人は,同日午後2時15分頃に至り,「分かりました。」と発言した後,隠し持っていた上記各包丁を両手に持って被害者に刃先を向けたが,その直後に被害者が「ちょっと勘弁してくださいよ。おいっ,警察呼べ,警察呼べ。」と叫び声を上げてから,被告人が「こんで終わりだ。俺も懲役行くわ。」と発言するまでの40秒ほどの間に,それらの包丁によって被害者の身体に多数の創傷を生じさせた。なお,歯科助手として在院したFの証言によると,Fは,被害者が「警察」と発言した直後にその声を聞いて本件診察室前の廊下に出た際に,その室内で被告人と被害者が立った姿勢で東西に向かい合っていた状況を目撃している。本件の結果,被害者の身体に生じた創傷は33か所に上り,そのうち哆開創が顔面に2か所,頸部に1か所,胸腹部に3か所,左上腕に2か所,左手掌に6か所(2か所は貫通して連続したもの),右手掌に5か所,左足に1か所存在したほか,切創が右手掌に1か所生じていた。そして,被害者の受傷状況等について,解剖を実施したE大学大学院医学系研究科法医学分野で教授を務めるG医師は,原審公判で次のような趣旨の証言をしている。すなわち,致命傷となったのは左下顎付近の長さが4.5センチメートル前後,刺創管長が7センチメートル前後で左側の外頸動脈と内頸静脈を完全に切断し,頸椎前面に1.7センチメートル前後の切痕を形成した哆開創で,それにより相当量の出血をして死に至ったものであり,それが最後の損傷と考えられる。また,前頸部左側の長さが5.7センチメートル前後,刺創管長が8センチメートル前後で気管前壁を切断した哆開創がある上,肺に血液の吸引相が著明に認められることから,被害者が前頸部左側を刺された後に複数回の深い呼吸をしたと見られるので,左下顎付近を刺されるまでに相当な時間的間隔があったと考えられる。さらに,前頸部左側と左下顎付近の哆開創について,位置と刃物の刺入方向が左右逆であることから,それらの哆開創が連続した攻撃によって生じたとは考え難く,前頸部左側の創が生じた後に包丁の握り方を変えたか,被告人と被害者の体勢が変わったかのいずれかの状況があったものと考えられる。その上,左手に手掌を貫通した哆開創を含む3か所の,右手に1か所の,全く部位の異なる防御損傷が生じていることから,被害者は最低でも4回にわたり刃物による攻撃を防御しようとしたと認められる,というのである。そして,G医師の上記証言は,法医学者としての知見に基づき実際に被害者を解剖した所見を述べたものであるから,基本的に信用性が高いというべきである。さらに,犯行後に本件診察室で倒れていた被害者は頭部を西側の壁に接し,足を東側に向けた仰向けの状態であり,その頸部付近の着衣に小型の包丁が引っ掛かっていたほか,刃と柄が分離して破損した中型の包丁が上半身の周囲に散乱していた。また,被害者の周囲の床面に大量の血溜まりがあり,西側の壁の血液の付着は床面から数十センチメートルまでの低い位置に多く,高い位置にほとんどない状態であった。以上によれば,被告人は,その形状等を認識していた2本の包丁を用い,40秒ほどの間に被害者の頸部や胸腹部等の枢要部を含む部位に多数の哆開創を生じさせる攻撃を加えたのに対し,被害者が少なくとも4回にわたり左右の素手で上記包丁による攻撃を防御したものと見られるから,被告人が被害者に対して上記包丁で複数回にわたり刺突ないし切付け行為に及んだことが明らかである。そして,犯行の開始から間もない時点で被害者が前頸部左側を刺突されるとともに,左手掌を貫通する損傷等を負わされた上,犯行の最終段階で左下顎付近を小型の包丁で刺突されて相当量の出血をした結果,死に至ったものと認められ,犯行後に被害者が倒れていた場所や周囲の血液の飛散状況から,被害者の頭部が西側の壁付近の床面に近い位置にある体勢のときに上記左下顎付近の致命傷を負ったものと推認することができる。ウ これに対し,被告人は,原審公判で,被害者を脅そうと考えて,左手に中型の包丁,右手に小型の包丁を持って同人に刃先を向けたところ,同人が本件診察室南側に頭を向けて転倒し,その足に引っ掛かって自らも転倒した後,床に仰向けになった自分に対し,被害者が正面から覆いかぶさって左腕を自分の首の背面に回して上半身を固定した上で,自分が左手に持っていた中型の包丁を被害者が右手で取り上げて自分の顔に近づけてきたため,刺されると思って,自分が右手に持っていた小型の包丁を闇雲に五,六回ほど振り回したところ,被害者の左頸部に刺さったが,手の届く位置がその辺りだけであった,と述べている。しかし,被告人の述べる被害者の負傷が生じた経過は,同人の上記受傷状況や本件診察室内の血液の付着状況と整合しない上,被告人が包丁を取り出したことを契機に被害者が警察官を呼ぶよう発言した後の時点で被告人と被害者とが立位で対峙していたと述べるF証言とも反する内容である。しかも,両手に包丁を持った状態の被告人を被害者が押さえ付けて片方の包丁だけを取り上げて攻撃を加えようとしたという状況自体が不自然かつ不合理なものであり,被害者がそのような行動を採るとはおよそ考えられない。その上,被告人が被害者を刺した状況等について,捜査段階に引き続き,原審公判に至っても度々供述内容を変更していることも踏まえると,被告人の上記供述を信用することは困難というほかない。エ 以上のとおり,被告人は,その形状等を認識していた2本の包丁を用いて,被害者に対し,人体の枢要な部分に多数の哆開創を生じさせる複数回の刺突ないし切付け行為に及んだ上,最終的に小型の包丁で左下顎付近を左側の外頸動脈と内頸静脈を切断して頸椎に切痕を生じさせるほどの強い力で刺突したものであり,それらが意図的な行為であったと認められる。これらの事情に照らすと,被告人が殺意をもって本件犯行に及んだ事実を優に肯認することができる。さらに,被告人が犯行直前に自らの要求が通らないために被害者に対する不満を募らせていたと認められることや,その犯行直後の言動も,被告人に殺意があったことを支える事情と見ることができる。⑶ そして,上記⑵の説示と同趣旨をいう原判決の認定及び判断を是認することができる。ア これに対し,所論は次のようなものである。すなわち,被告人の殺意を推認した原判決に事実の誤認や推論過程における経験則違反があるといい,具体的には,①致命傷の受傷状況や被害者と被告人の位置関係について, 血痕の付着状況から,被害者が床に寝ている状況で致命傷の左下顎の創傷が生じたものと推認できるから,その創傷が転倒した被告人が上に乗った被害者に対し小型の包丁を振り回して付いたという被告人供述は,上記の客観的状況と一致しており,信用することができる。そして,被告人の述べる犯行態様によれば,意図的に被害者の首や顎を狙って刺したものでなく,上記創傷の深さから見て力任せに刺したものでもない。 左下顎付近と前頸部左側の哆開創について,刃物の刺入方向が逆と述べるG医師の上記証言は,同人作成の鑑定書に前頸部左側の哆開創の右創角の性状が乾燥のため不詳であると記載されている上,その創の写真を見てもいずれの側が峰か刃かを断定できないから,信用性に疑問がある。②被告人の顔面に刃物で生じた擦過傷が4か所ほどあることは,被害者が被告人から取り上げた包丁で攻撃を加えた事実があったことの証左である。③被告人は一貫して殺意を否認しており,犯行直後の「こんで終わりだ。俺も懲役行くわ。」という発言が被告人の殺意を証明するものといえない。④被告人に被害弁償を受けるため被害者を脅す意図があったが,殺害の動機はなかった,というのである。イ しかし,まず,上記⑵ウのとおり,被告人の原審供述を信用することができないから,それを前提とした所論は前提を欠く。また,① 被告人が被害者に押さえ付けられた状況で左下顎付近の創傷が生じたものと認められない上,被害者の受傷状況や上記創傷の深さに照らし,被告人が意図的に相当な強さの力を込めて刺突したことは明らかである。さらに, 原審で取り調べられなかった鑑定書に基づく所論に採用の余地がない上,G医師が専門的知見と実際に被害者を解剖した結果に基づいて原審公判で証言した創傷の形状等に関する内容について,信用性に疑いを生じさせる事情は見当たらない。一方,②被告人の顔面の擦過傷はいずれもごく浅く,一定の長さのある創傷であり,包丁を持った被告人が被害者ともみ合った際等,被害者の被告人に対する攻撃以外の原因で生じた可能性が十分に想定できるから,被害者による攻撃の存在を示すものとはいえない。そして,③④上記⑵のとおり,被害者の受傷状況等に照らし,被告人が被害者を包丁で刺突するなどした本件犯行の際に殺意があったことが強く推認されるのに対し,被告人が一貫して殺意を否認し,被害者の殺害を意欲するほどの動機が認められないとしても,上記推認を妨げる事情とはいえない。したがって,所論は全て採用できない。ウ 以上のほか,所論が指摘するその他の点を検討しても,本件について被告人の殺意を肯認した原判決に所論のような事実の誤認はない。⑷ 以上の次第で,事実誤認の論旨は理由がない。2 量刑不当の論旨について⑴ 論旨は,被告人を懲役21年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当である,というのである。⑵ 本件は,前記1に掲記したとおり,被告人が,かつて治療を受けた歯科医院で50歳の男性歯科医師を包丁で刺して殺害した(原判示第1)ほか,その際に刃体の長さが11.4センチメートル前後と15.3センチメートル前後の包丁2本を不法に携帯した(同第2),という事案である。

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