事件番号令和4(行ケ)10127等
事件名審決取消請求事件
裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日令和6年3月18日
事件種別特許権・行政訴訟
発明の名称セレコキシブ組成物
事案の概要本件はPBPクレームであり、ピンミルのような衝撃式ミルによって粉砕したセレコキシブ粒子と他の手段による粉砕と区別が付かないなどというのであれば、場合によっては、衝撃式ミルとは区別されているはずの「振動ミル」や「ジェットミル」による粉砕までが含まれかねないことになり、それがどのような場合なのかが本件明細書には開示がない。結局のところ、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された場合」というのがどのような状態のことを示しているのか(製法限定する趣旨であるのか、何らかの形状などを示しているのかなど)が本件明細書に照らしても明らかにはならない。イ 「ピンミルのような衝撃式ミル」という文言について、「衝撃式ミル」に含まれる全てのミルが技術的範囲に含まれる、又はピンミルと類似の特性を有する衝撃式ミルのみが技術的範囲に含まれる、の2とおりの意味の解釈が可能であり、どちらの意味であるか不明である.ウ ミルの種類が特定されたとしても、粉砕処理の方法が不明である場合、粉砕により得られた粉砕物の構造や粒度分布を特定することはできない。本件明細書では機器名称、ピンの形状・本数、処理時間、処理量、処理温度等の粉砕処理の方法に関する具体的な記載がされておらず、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたセレコキシブ粒子」が具体的にどのような構造や粒度分布等の特性を備えているのか、明らかではない。(4) 被告の主張ア 第1事件原告の主張について(ア) 本件明細書の【0022】及び【0124】は、製薬組成物中におけるD90粒子サイズの分布と原薬におけるD90粒子サイズの分布は同じであるとの前提で記載されていることが明らかである。したがって、訂正事項2及び訂正事項3が、製薬組成物中のセレコキシブ粒子の「粒子サイズの分布」を、原薬のセレコキシブ粒子の「粒子サイズの分布」に差し替えるもので、新たな技術的事項を導入するものであるとの第1事件原告の主張は、誤りである。(イ) 訂正事項2及び訂正事項3は、いずれもD90の数値範囲を限定するとともに、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成及び「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」という構成を直列的に付加したものであるから、減縮に当たる。イ 第2事件原告の主張について(ア) 本件明細書の【0024】、【0172】及び【0174】の記載から、当業者は、生物学的利用能の改善について確認した例11-2の「セレコキシブを微粉化」は、ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕したものであると、当然に理解する。そして、本件明細書【0124】の「例11に例示するように、出発材料のセレコキシブのD90 粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると、」との記載から、例11-2の組成物AのD90粒子サイズが約30μmであることは明らかである。さらに、本件明細書【0173】表11-2Aには、「組成物A」に加湿剤である「ラウリル硫酸ナトリウム」が添加されていることも記載されている。以上によれば、本件明細書には、例11-2の組成物Aとして訂正事項2の構成を全て備えた製薬組成物が記載されている。(イ) 第2事件原告のように本件明細書の【0172】、【0024】、【0124】、【0174】の記載を個別に論じることは無意味であり、上記各段落の記載の関連性を踏まえて本件明細書の記載内容を理解すべきである。ウ 第4事件原告の主張について訂正後の発明が明確か否かは、訂正が明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるか否かや、訂正の目的が特許請求の範囲の減縮に当たるか否かとは、関係のないことである。無効審判における訂正請求の要件を定めた特許法134条の2第9項において、無効審判の請求がなされた請求項に対しては同法126条7項(独立特許要件)が課されていないことからも、訂正後の請求項が明確か否かについては、訂正要件ではなく無効理由の有無として判断すべきことが明らかである。2 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)(1) 第1事件原告の主張ア 前訴判決は、本件明細書に、粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や、「D90」の値と生物学的利用能の関係(課題解決との関係)について具体的に説明した明細書の記載はないことを指摘した上、D90の値を「制限しさえすれば、90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても、生物学的利用能が改善されるものと理解することはできない」から、本件発明に含まれる「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90」で特定された粒子サイズの分布の数値範囲全体にわたり課題を解決できると認識できるものとは認められず、本件特許発明はサポート要件に適合しない旨判示している。本件訂正後も、発明が「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90」の構成で粒子サイズの分布(粒度分布及び粒子径分布と同義である。)を規定するとの発明特定事項を特徴とすること、本件明細書が粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義、「D90」の値と生物学的利用能との関係について一切の説明を欠くのは同様であり、再開後の無効審判合議体は、前訴判決に拘束される(行政事件訴訟法33条1項)。そして、分布の一点のみの情報にすぎない「D90」の値だけで「粒子サイズの分布」を規定することはおよそ不可能・不合理であり、D90の値と生物学的利用能との関係についても不明であるから、いかなる訂正がなされようとも、本件発明(訂正発明)が、「D90」の値のみを用いて「粒子サイズの分布」を規定する限り、サポート要件を満たすことはない。イ 「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」の特定は、粉砕機や粉砕条件が何ら規定されていないから、この特定によりセレコキシブ粒子の粒度分布が明らかになるわけではない。ウ 前訴判決は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項14(「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤をさらに含む」との発明特定事項があった。)についてもサポ―ト要件に適合しないと判断していたから、本件訂正発明1の「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」との発明特定事項によっても、サポート要件に適合することはない。エ 本件訂正発明2の「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm未満である粒子サイズの分布」については、例11-2の、調合する前に粉砕したセレコキシブが「平均粒子サイズが10乃至20μmである」ことを要するので、本件訂正発明2で実際に取り得るD90の数値範囲は、20~30μm未満のみとなり、本件訂正発明2(D90が30μm未満)のD90の数値範囲には、課題を解決できない範囲(D90が20μm未満の範囲)が含まれる。すなわち、本件明細書の例11-2における「平均粒子サイズ」は、D50(粒子の累積個数が50%に達したときの粒子径の値)に対応する数値と考えられるが、D50に対応する「平均粒子サイズ」がD90(粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値)の値を超えることは、技術常識に照らして、理論的にあり得ない。訂正発明2のD90の数値範囲は、「平均粒子サイズ」が「10乃至20μm」であることとの関係で、技術常識に照らして、理論上あり得ない数値範囲の部分(例11-2については、D90が20μm未満の部分)を含んでおり、当該部分は課題を解決できない。(2) 第2事件原告の主張ア 前訴判決によれば、生物学的利用能の改善という課題を解決できると当業者は認識することができるためには、単にD90の値を特定しただけで足りず、90%の粒子の粒度分布を特定することを要する。イ 本件訂正発明の「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」との構成によっても、90%の粒子の粒度分布は一定ではない。ウ 第1事件原告の主張イと同旨。(3) 第3事件原告の主張ア 衝撃式ミルで粉砕するとセレコキシブ結晶の凝集性及びブレンド均一性が他の粉砕方法と比較して改善されることを示す試験データが本件明細書には全く記載されていない。イ D90の粒子サイズを規定したり、加湿剤を配合したとしても、本件訂正発明に含まれる数値範囲の全体にわたって生物学的利用能が改善されるとは限らない。ウ 本件明細書の例11における組成物A及びBというわずか2つの組成物を根拠に、具体的な粒度分布に関係なく、本件訂正発明の数値範囲全体にわたって、生物学的利用能が向上するとは認識することができない。エ 第1事件原告の主張イと同旨。(4) 第4事件原告の主張ア 本件明細書には、粒子サイズD90が生物学的利用能に与える影響が記載されていない。イ 本件明細書には、粒度分布を特定する記載がないから粒度分布が生物学的利用能に与える影響も記載されているとはいえない。ウ 第3事件原告の主張イと同旨。エ 本件訂正発明1及び2の「経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物」は、例11-2に記載されたカプセル剤についてはサポートされているとしても、カプセル剤は他の剤型と比較して早く崩壊することが知られ(甲ニ1)、錠剤等他の剤型においても生物学的利用能が向上しているかは不明である。オ 第1事件原告の主張ウと同旨カ 前訴判決は、D90が30μmを含む当時の請求項3についてもサポート要件を満たさないとしている。(5) 第5事件原告の主張ア 本件明細書の【0024】及び【0135】は、技術的なメカニズムを示すか又は実施例において実証されているものではない。イ 第3事件原告の主張イと同旨ウ 第1事件原告の主張ウと同旨エ 前訴判決は、「前記粒子の最大長において前記セレコキシブ粒子のD90が40μm未満であること」や、同じく「25μm未満であること」を発明特定事項としても、それらD90の値の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないと判示している。(6) 被告の主張ア 前訴判決は、①請求項 1 について、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」という広範な数値範囲を特定しただけでは、セレコキシブの生物学的利用能が改善されると理解できないと判断し、②請求項2~4については、例11及び例11-2では、加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いから、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が100μm/40μm/25μm未満」という構成を特定しただけでは、セレコキシブの生物学的利用能が改善される(課題を解決できる)と認識することはできないと判断して、サポート要件違反と結論づけたものである。本件訂正により、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成、及び「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」という構成が追加された本件訂正発明1について、前訴判決の拘束力が及ぶことはない。イ 本件明細書には、セレコキシブの経口投与化に際し、セレコキシブが長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有していることを問題点として認識し(【0008】)、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕することにより、一次粒子の最長の大きさ(粒子サイズ)を減少させ、長い針状からより均一な結晶形へ結晶形態を変質させることにより、生物学的利用能を改良するとともに、凝集力を低下させてブレンド均一性を向上させる(【0022】、【0024】)発明が記載されている。そして、長い針状の結晶を有するセレコキシブの一次粒子の最長の大きさ(粒子サイズ)を減少させた状態のセレコキシブ粒子の特性の一つとして、セレコキシブ粒子の最大長におけるD90の数値範囲が特定されていると理解できる。また、本件明細書には、ラウリル硫酸ナトリウムのような加湿剤を添加することにより、相対的生物学的利用能を改善できることも記載されている(【0075】、【0076】)。さらに、例11-2の組成物Aは、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長において、D90が約30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する組成物であり(【0024】、【0173】、【0174】)、組成物Fは未粉砕、未調合セレコキシブを含有する組成物である(【0172】)ところ、表11-2C、表11-2Dの記載から、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長においてD90が約30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する組成物Aは、未粉砕セレコキシブを含有する組成物Fに比べて、生物学的利用能が改善されることが理解できる。そうすると、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長において、D90が30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する本件訂正発明1は、発明の詳細な説明の記載から、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決できると、当業者が認識できる範囲の発明であることは、明らかである。例えば本件訂正発明2の「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm未満であるような粒子サイズの分布」とは、粒子の最大長において30μm以上のセレコキシブ粒子の割合が10%を超えないような粒子サイズの分布を包括的に表現したものであって、特定のグラフで示せるような単一の粒子サイズの分布のみを表現しようとするものではない。3 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)(1) 第1事件原告の主張ア 物の発明である製薬組成物を製造するまでには複数の工程が必要であるところ、本件訂正後の各請求項は、物の発明である「製薬組成物」を製法を通じて直接特定するものではないから、PBPクレームとはいえない。イ 粉体粒子の粒子径分布を、粒子径を横軸とし、所定の粒子径の頻度又は積算値を縦軸とした頻度分布又は積算分布で表現することは技術常識であったから、粉砕した原薬であるセレコキシブ粒子を構造ないし特性(粒度分布)で直接特定することは可能であり、不可能・非実際的事情は存在しない。ウ 本件訂正発明の「粒子サイズの分布」の意味が不明確であり、D90値のみで粒子径分布を表すこと自体が発明の範囲を不明確にしているし、D90の特定に「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」の文言を加えても粒度分布は明らかにならない。エ 本件訂正発明はセレコキシブ粒子の粒径の下限値を特定していないから不明確である。(2) 第2事件原告の主張ア 「ピンミルのような衝撃式ミル」として、様々な種類の粉砕機のうちのどのようなものが含まれ、どのようなものが含まれないかを理解することができない。イ セレコキシブを粉砕しD90を30μm又は30μm未満とした場合に、粉砕機や粉砕条件によって、粒度分布は一定にならないから、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成では、粒度分布が一義的に特定されず、当該製造方法により製造される物が一定の構造、特性を有さず、本件訂正発明は明確性要件を満たさない。(3) 第3事件原告の主張本件明細書の【0008】、【0024】に、セレコキシブを「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」することによって、凝集性及びブレンド均一性という特性に粉砕方法由来の相違が現れることが記載されているから、訂正発明1は製法によらなくても、上記特性(凝集性及びブレンド均一性)とD90の粒子サイズを特定する技術事項により、構造及び特性を特定することができた。本件優先日当時、原料粉末の凝集性は、様々な測定方法が存在し、多くの粉体の測定に用いられていたから、当業者は、適切な測定方法を適宜選択し、粉体の凝集性の程度を特定することが可能であり、そのように特定することに何の困難もないと解され、粒度分布の特定についても同様である。以上から、本件において、不可能・非実際的事情は認められない。(4) 第4事件原告の主張ア 第2事件原告の主張アと同旨。イ 一般に粉砕物の構造や物性の相違は、比表面積、粒度分布、アスペクト比、結晶化度又は顕微鏡画像解析などのデータによって比較をすればよく、試験に係る時間と費用の負担は極めて軽度で粉砕機も7~8種類しかないから、不可能・非実際的事情は存在しない。(5) 第5事件原告の主張ア 第2事件原告の主張アと同旨。なお、後記被告の主張アを前提としても、凝集力の測定・評価方法は多数あるから「凝集力が低下」の意味は明らかでないし、「長い」「針状」の具体的内容が明細書に記載されていないから、セレコキシブ粒子の「長い針状」への該当性(あるいはその対立概念である「より均一な結晶形」への該当性)も判断困難である。イ 「ピンミルのような衝撃式ミル」によって粉砕されたセレコキシブ粒子の構造又は特性を特定する上で、「理論・原理を明らか」にする必要はなく、単に、粉砕後のセレコキシブの構造又は特性を直接記載すれば足りる。請求項に記載された製造方法自体が多種多様な方法を含むということであれば、第三者はそれらの全てで製造してみなければ権利範囲を知ることができないから、そのような請求項はPBPクレームが許容される前提を欠く。(6) 被告の主張ア 「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルのほか、ピンミルで粉砕したものと同じ構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれる。「セレコキシブ粒子がピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」とは、「セレコキシブ粒子がピンミルで粉砕されたもの」と同じ構造、特性、すなわち、本件明細書の【0024】記載の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上するという、構造、特性を有するものである。イ 特定の衝撃式ミルを用いて特定の粉砕条件で粉砕したセレコキシブ粒子について、より具体的な構造、特性を特定する(例えば、セレコキシブ粒子の粒度分布を単一のグラフで特定する等)ことが仮に可能であったとしても、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決し、「凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上する」という特性ないし効果を有する発明の技術的範囲としては狭すぎるものとなり、発明の技術的思想を過不足なく特定したものとはいえないから、セレコキシブ粒子を、具体的な構造、特性で特定することは不可能というべきである。ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕することにより、長い針状からより均一な結晶形へ変質された結晶形態を有し、ブレンド目的により適するようになる、具体的な理論ないし原理は明らかではない。これらを明らかにし、ピンミルのような衝撃粉砕によって粉砕したセレコキシブ粒子の構造、特性をより具体的に特定しようとする場合には、衝撃粉砕とは異なる多数の粉砕方法による場合と比較して、ピンミルのような衝撃粉砕によって様々に粉砕されたセレコキシブ粒子の構造、特性を検証していく作業が必要となるが、このような作業は出願人(特許権者)に膨大な時間と費用の負担を強いるものであるから、およそ実際的ではない。したがって、本件では、不可能・非実際的事情が認められる。4 取消事由4(実施可能要件に関する判断の誤り)(1) 第1事件原告の主張ア 本件訂正発明ではセレコキシブ粒子の粒径の下限値は規定されておらず、衝撃式ミルでは得ることができない微細な粒子も含まれるが、そのような粒子をどのようにして製造するのか、本件明細書には記載されておらず、出願時の技術常識を踏まえても不明である。イ 本件明細書の例11-2において、ピンミルの装置名、ディスク上のピンの構造(形状、本数、間隔)等、粒度分布を特定できるだけの詳細な実験条件の記載はないので、セレコキシブ粒子を得るための粉砕を実施することは困難である。ウ 本件特許の出願日当時の技術水準では、製薬組成物中の原薬の粒子径分布を正確に測定する方法は知られていなかったので、訂正発明に係る製薬組成物中の原薬の粒子径分布を再現することは当業者には過度の試行錯誤が必要であり、実施可能要件違反である。(2) 第2事件原告の主張本件訂正発明5の「同じ投与量のセレコキシブを含有する経口運搬された溶液と比較して約50%乃至約55%であるセレコキシブの相対的な生物学的利用能を有する」という構成は、例11-2の組成物AのD90のみによって実現できたものではなく、90%の粒子の粒度分布により初めて実現できたものであるが、本件明細書には例11-2の組成物Aの具体的な粉砕方法や粉砕条件の記載がないため、上記構成を実現するには様々な粉砕機について様々な粉砕条件を試すという過度の試行錯誤が必要となるから、本件訂正発明5、7~13、15、17~19は実施可能要件を満たさない。(3) 第4事件原告の主張本件明細書の【0190】には機器名称、ピンの形状・本数、処理時間、処理量、処理温度等の粉砕条件に関する記載がない。当業者にとってその実施には過度の負担が必要であったといえ、本件訂正発明は実施可能要件を満たさない。(4) 第5事件原告の主張本件明細書の例11及び例11-2の「組成物A」及び「組成物B」は、セレコキシブの粉砕方法及びD90粒子サイズについての明示の記載はなく、【0024】には、「組成物A」及び「組成物B」が、ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕したものであることは記載されておらず、【0174】の記載は、「組成物A」及び「組成物B」のセレコキシブ粒子サイズを小さくする粉砕機は特定する必要はないが、ピンミルを例示したにすぎないものと解するのが相当であるか、せいぜい、「組成物A」及び「組成物B」はピンミルにより粉砕されたと解され、ピンミルを含む広い概念であるピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたと解釈できるものではないから、組成物Aに含まれるセレコキシブは、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕したもので、D90粒子サイズは約30μmであると推認されることはない。本件明細書の記載に基づいて、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布」を有する微粒子セレコキシブを、セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕することで製造できるとはいえず、また、本件明細書に記載がなくても上記微粒子セレコキシブを製造できるという技術常識はない。(5) 被告の主張本件明細書の例11-2には、D90が約30μmのセレコキシブ粒子及びラウリル硫酸が含まれる組成物Aが記載され、本件明細書【0024】及び【0174】の記載によれば例11-2の組成物Aにおけるセレコキシブ粒子は、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものである。本件明細書【0190】からは、「ピンミルのような衝撃式ミル」を使用すればミル速度等の厳密な条件を決定することなく、再現性をもって比較的狭い範囲(D90が30μm又は30μm未満)の粒子サイズのセレコキシブが得られることが確認されている。そして、表11-2C、表11-2Dの記載から、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長においてD90が約30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する組成物Aは、同じ投与量のセレコキシブを含有する経口運搬された溶液(組成物E)と比較した相対的生物学的利用能が、50%、55%であり、本件訂正発明5に規定された数値範囲内にあることも理解できる。このようにして得られた組成物を公知の医薬用途に使用できることは、明らかである。当業者が本件訂正発明1、2及び5の製薬組成物を製造しかつ使用することができることは明らかであり、これらの訂正発明及びこれらを直接的又は間接的に引用する各訂正発明も実施可能要件に適合する。5 取消事由5(甲8発明に基づく本件訂正発明の進歩性の判断の誤り)(1) 第2事件原告の主張ア 製剤の原薬を粉砕するときに「ピンミルのような衝撃式ミル」を使用できることは技術常識であり、生物学的利用能の改善及びブレンド均一性の改善という周知の技術的課題を解決するためにこれを粉砕するという周知の解決手段を適用するに際し、「ピンミルのような衝撃式ミル」という周知の粉砕方法を採用することは当業者が容易に想到できることである。イ 本件優先日当時の当業者は、技術常識に従い、セレコキシブ粒子を適宜の粒子径まで小さくなるように粉砕することが容易に想到でき、その場合、粒径のサイズは所望の生物学的利用能及びブレンド均一性となるように適宜調整すればよい設計的事項にすぎないが、粒径を数μm~十数μmとすることは教科書的文献にも記載されている程度のごく一般的な数値範囲にすぎず、その場合、D90が30μm未満となる場合が多数あり得ることは容易に認められる(甲イ72、104)。本件訂正発明の技術的範囲に含まれる物そのものが容易に想到できた以上、本件訂正発明の進歩性は否定されるべきである。特段の技術的意味のない無意味なパラメータであるD90をもって特定したことを理由に、進歩性を認めるべきではない。(2) 第4事件原告の主張ア 「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」との発明特定事項は、せいぜい「セレコキシブ粒子が、製薬組成物の原末の粉砕に慣用される粉砕方法にすぎないピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」程度に解釈せざるを得ない。しかるところ、製薬組成物の有効成分の生物学的利用能の改善及びブレンド均一性の改善のために、粒子サイズを数μm程度の微粒子とされることが周知であるから(甲イ16)、仮にセレコキシブ粒子のD90が30μmと規定したとしても、製薬組成物の有効成分の生物学的利用能の改善及びブレンド均一性に格別の差異や効果が存するとはいえない。イ なお、別件審決が確定したからといって、第4事件原告が、甲8発明に基づく本件訂正発明の進歩性欠如を主張することが、特許法167条により許されなくなるということはない。本件無効審判請求がされたのが平成28年9月30日であるのに対し、別件審決が確定したのが令和4年3月22日であるから、別件審決が確定したとしても、それよりも前に申し立てられている本件審判における主張立証について同条の適用はない。また、別件審決及び別件判決は、本件訂正がされる前のものであり、本件とは前提が異なる。(3) 被告の主張ア 第2事件原告の主張について本件訂正発明1は、セレコキシブが長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有していることに着目したものであり、単に平均粒径を小さくするということではなく、長い針状の結晶を減少させてより均一な結晶形とすることが重要である。そのために、「セレコキシブ粒子がピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであること」、及び「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90」、つまり、最大長が所望の大きさ以下である粒子の粒子全体に占める割合が90%であることを特定したものである。イ 第4事件原告の主張について本件訂正発明1、2は、別件審決及び別件判決が判断の対象とした、特許登録時の請求項1の誤訳訂正をした発明を、①ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、②粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm/30μm未満である粒子サイズの分布を有し、③ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含むという点でさらに限定したものである。すなわち、本件訂正発明1、2は、前訴判決時の請求項に係る発明に包含されるものであり、対象となる発明が異なるとはいえない。別件審決及び別件判決が判断した広い数値範囲(D90が200μm未満)の構成が容易でないとされた以上、これに含まれる数値範囲(D90が30μm未満)の構成も容易でないことは明らかである。したがって、別件無効審判請求人である第4事件原告は、特許法167条により、甲8発明に基づく進歩性欠如を主張することはできない。第4 当裁判所の判断1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について(1) 本件訂正の訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項1において①「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布」とあったのを、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布」と訂正してD90の数値を限定し、さらに、②「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」、③「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」との新たな構成を付加するものである。訂正事項3は、上記②、③の構成の付加は訂正事項2と共通で、上記①の数値限定を「D90が100μm未満」から「30μm未満」と訂正するものである。そうすると、訂正事項2、3は、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。(2) 次に、上記訂正が本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするもの(特許法134条の2第9項、126条5項)といえるかどうか検討する。まず、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3には、「セレコキシブのD90が40μm未満」であることが、同請求項4には、「セレコキシブのD90が25μm未満」であることが記載され、本件明細書の【0124】には、「セレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると、組成物の生物学的利用能は非常に改善される」ことが、【0124】には「セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下、好ましくは約100μm以下、より好ましくは約75μm以下、さらに好ましくは約40μm以下、最も好ましくは25μm以下である。」との記載がある(【0022】も同旨)。また、本件明細書の【0024】には、「セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、「ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕」することが、【0190】には、「反対に回転するディスクによる衝撃式ピンミルにて混合された」場合に「粒子サイズは比較的狭い範囲(D90が30μm若しくはそれ以下)内で変化し」たことが、記載されている。そうすると、本件明細書等には、セレコキシブ粒子をピンミルのような衝撃式ミルで粉砕し、D90を30μm(訂正事項2)又は30μm未満(訂正事項3)とすることが記載されていたといえる。また、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項14には、「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤をさらに含む」ことが記載されており、本件明細書の【0075】、【0076】には、セレコキシブが水溶液にかなり溶解しにくいことに対応して、本発明の製薬組成物は、好ましくは、キャリア材料として、加湿剤を含み、それは水と親和性があるようにセレコキシブを維持させるように選択するのが好ましく、特にラウリル硫酸ナトリウムを含むことが好ましいこと、本件明細書の表11-2A(【0173】)には、「組成物A」に加湿剤である「ラウリル硫酸ナトリウム」が添加されていることが記載されている。よって、本件明細書等には、ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤をさらに含むことが記載されていたといえる。以上によれば、訂正事項2、3は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。(3) したがって、本件訂正(原告らが訂正の適否を争っている部分)は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、かつ、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであると認められる。(4) 第1事件原告の主張についてア 第1事件原告は、訂正事項2は、「原薬(原材料)」の「粒子サイズの分布」に関する記載に基づいて、「最終製剤(製薬組成物)」中の粒子の「粒子サイズの分布」を訂正するものであるから、「最終製剤」について特許請求の範囲の減縮を目的とするものでなく、新規事項を追加し、かつ、特許請求の範囲を変更するものである旨主張する。しかし、本件明細書の【0022】の、「本発明の組成物は微粒子の形態のセレコキシブを包含する。セレコキシブの一次粒子は、例えば、製粉若しくは粉砕により、又は溶液から沈殿させて生成させ、凝集して二次の集合体粒子が形成される。本願で利用する用語「粒子サイズ」とは、特に本願で指摘しない限り、一次粒子の最長の大きさのことをいう。粒子サイズは、セレコキシブの臨床的効果に影響を与える重要なパラメータであると考えられる。よって、別の実施例では、発明の組成物は、粒子の最長の大きさで、粒子のD90が約200μm以下、好ましくは約100μm以下、より好ましくは75μm以下、さらに好ましくは約40μm以下、最も好ましくは約25μm以下であるように、セレコキシブの粒子分布を有する。」との記載と、【0124】の「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると、セレコキシブ粒子サイズの減少により、セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって、セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下、好ましくは約100μm以下、より好ましくは約75μm以下、さらに好ましくは約40μm以下、最も好ましくは25μm以下である。」との記載を対照すれば、本件明細書においては原料の粒子サイズの分布が製薬組成物の粒子サイズの分布として記載されているものと認められ、第1事件原告の主張は採用できない。イ 第1事件原告は、D90が200μm未満である粒子サイズの分布は不確定であり、D90を30μm(訂正事項2)又は30μm未満(訂正事項3)に変更しても粒子サイズの分布は限定されず、また、D90の値のみを用いて「粒子サイズの分布」を規定することはできず、訂正後の特許請求の範囲が限定されないから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に当たらない旨主張する。しかし、D90とは、サンプル粒子の90%はD90値よりも小さいことを意味するところ(本件明細書【0013】)、D90が200μmから30μmないし30μm未満に限定されることで、数値範囲が狭くなることは明らかであり、第1事件原告の主張は採用できない。(5) 第2事件原告の主張について第2事件原告は、例11-2の組成物A(【0172】)は、粉砕手段が特定されていない上に、粒子サイズをD90として測定したものでないこと、【0024】の記載から例11-2の組成物Aの粉砕方法がピンミルのような衝撃式ミルであると特定することはできないこと、本件明細書【0124】には粉砕方法の記載はないこと、本件明細書【0174】は、粉砕方法の一例を示すものであることを理由に、訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内のものではない旨主張する。しかし、訂正事項2は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであることは前記(2)のとおりである。第2事件原告の主張は、訂正事項2が一体として実施例に記載されていなければならないとするに帰するものであり、採用することができない。(6) 第4事件原告の主張について第4事件原告は、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」の意味、ひいては本件訂正発明の権利範囲ないしは技術的範囲が不明確であるから、このような不明確な構成を追加する訂正後の発明の技術的範囲も不明確となるとし、訂正事項2及び訂正事項3は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであるとはいえず、新規事項の追加に当たり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正とはいえない旨主張する。しかし、訂正事項2及び訂正事項3は、D90の数値を限定し新たな構成を付加するものであるから、これにより権利範囲を狭めるものであることが論理的に明らかである以上、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、「ピンミルのような衝撃式ミル」に対応する記載が本件明細書に存在することは前記(2)からも明らかであり、この点に関する第4事件原告の主張は、訂正後の発明が明確であるかどうかの問題として判断されるべきものである。(7) 以上のとおり、訂正事項2、3につき訂正要件の不備があるという原告らの主張は採用できず、取消事由1は理由がない。2 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)について(1) 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得ることから、特許を受けようとする発明が明確であることを求めるものである。
事件番号令和4(行ケ)10127等
事件名審決取消請求事件
裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日令和6年3月18日
事件種別特許権・行政訴訟
発明の名称セレコキシブ組成物
事案の概要
本件はPBPクレームであり、ピンミルのような衝撃式ミルによって粉砕したセレコキシブ粒子と他の手段による粉砕と区別が付かないなどというのであれば、場合によっては、衝撃式ミルとは区別されているはずの「振動ミル」や「ジェットミル」による粉砕までが含まれかねないことになり、それがどのような場合なのかが本件明細書には開示がない。結局のところ、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された場合」というのがどのような状態のことを示しているのか(製法限定する趣旨であるのか、何らかの形状などを示しているのかなど)が本件明細書に照らしても明らかにはならない。イ 「ピンミルのような衝撃式ミル」という文言について、「衝撃式ミル」に含まれる全てのミルが技術的範囲に含まれる、又はピンミルと類似の特性を有する衝撃式ミルのみが技術的範囲に含まれる、の2とおりの意味の解釈が可能であり、どちらの意味であるか不明である.ウ ミルの種類が特定されたとしても、粉砕処理の方法が不明である場合、粉砕により得られた粉砕物の構造や粒度分布を特定することはできない。本件明細書では機器名称、ピンの形状・本数、処理時間、処理量、処理温度等の粉砕処理の方法に関する具体的な記載がされておらず、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたセレコキシブ粒子」が具体的にどのような構造や粒度分布等の特性を備えているのか、明らかではない。(4) 被告の主張ア 第1事件原告の主張について(ア) 本件明細書の【0022】及び【0124】は、製薬組成物中におけるD90粒子サイズの分布と原薬におけるD90粒子サイズの分布は同じであるとの前提で記載されていることが明らかである。したがって、訂正事項2及び訂正事項3が、製薬組成物中のセレコキシブ粒子の「粒子サイズの分布」を、原薬のセレコキシブ粒子の「粒子サイズの分布」に差し替えるもので、新たな技術的事項を導入するものであるとの第1事件原告の主張は、誤りである。(イ) 訂正事項2及び訂正事項3は、いずれもD90の数値範囲を限定するとともに、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成及び「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」という構成を直列的に付加したものであるから、減縮に当たる。イ 第2事件原告の主張について(ア) 本件明細書の【0024】、【0172】及び【0174】の記載から、当業者は、生物学的利用能の改善について確認した例11-2の「セレコキシブを微粉化」は、ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕したものであると、当然に理解する。そして、本件明細書【0124】の「例11に例示するように、出発材料のセレコキシブのD90 粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると、」との記載から、例11-2の組成物AのD90粒子サイズが約30μmであることは明らかである。さらに、本件明細書【0173】表11-2Aには、「組成物A」に加湿剤である「ラウリル硫酸ナトリウム」が添加されていることも記載されている。以上によれば、本件明細書には、例11-2の組成物Aとして訂正事項2の構成を全て備えた製薬組成物が記載されている。(イ) 第2事件原告のように本件明細書の【0172】、【0024】、【0124】、【0174】の記載を個別に論じることは無意味であり、上記各段落の記載の関連性を踏まえて本件明細書の記載内容を理解すべきである。ウ 第4事件原告の主張について訂正後の発明が明確か否かは、訂正が明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるか否かや、訂正の目的が特許請求の範囲の減縮に当たるか否かとは、関係のないことである。無効審判における訂正請求の要件を定めた特許法134条の2第9項において、無効審判の請求がなされた請求項に対しては同法126条7項(独立特許要件)が課されていないことからも、訂正後の請求項が明確か否かについては、訂正要件ではなく無効理由の有無として判断すべきことが明らかである。2 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)(1) 第1事件原告の主張ア 前訴判決は、本件明細書に、粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や、「D90」の値と生物学的利用能の関係(課題解決との関係)について具体的に説明した明細書の記載はないことを指摘した上、D90の値を「制限しさえすれば、90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても、生物学的利用能が改善されるものと理解することはできない」から、本件発明に含まれる「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90」で特定された粒子サイズの分布の数値範囲全体にわたり課題を解決できると認識できるものとは認められず、本件特許発明はサポート要件に適合しない旨判示している。本件訂正後も、発明が「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90」の構成で粒子サイズの分布(粒度分布及び粒子径分布と同義である。)を規定するとの発明特定事項を特徴とすること、本件明細書が粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義、「D90」の値と生物学的利用能との関係について一切の説明を欠くのは同様であり、再開後の無効審判合議体は、前訴判決に拘束される(行政事件訴訟法33条1項)。そして、分布の一点のみの情報にすぎない「D90」の値だけで「粒子サイズの分布」を規定することはおよそ不可能・不合理であり、D90の値と生物学的利用能との関係についても不明であるから、いかなる訂正がなされようとも、本件発明(訂正発明)が、「D90」の値のみを用いて「粒子サイズの分布」を規定する限り、サポート要件を満たすことはない。イ 「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」の特定は、粉砕機や粉砕条件が何ら規定されていないから、この特定によりセレコキシブ粒子の粒度分布が明らかになるわけではない。ウ 前訴判決は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項14(「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤をさらに含む」との発明特定事項があった。)についてもサポ―ト要件に適合しないと判断していたから、本件訂正発明1の「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」との発明特定事項によっても、サポート要件に適合することはない。エ 本件訂正発明2の「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm未満である粒子サイズの分布」については、例11-2の、調合する前に粉砕したセレコキシブが「平均粒子サイズが10乃至20μmである」ことを要するので、本件訂正発明2で実際に取り得るD90の数値範囲は、20~30μm未満のみとなり、本件訂正発明2(D90が30μm未満)のD90の数値範囲には、課題を解決できない範囲(D90が20μm未満の範囲)が含まれる。すなわち、本件明細書の例11-2における「平均粒子サイズ」は、D50(粒子の累積個数が50%に達したときの粒子径の値)に対応する数値と考えられるが、D50に対応する「平均粒子サイズ」がD90(粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値)の値を超えることは、技術常識に照らして、理論的にあり得ない。訂正発明2のD90の数値範囲は、「平均粒子サイズ」が「10乃至20μm」であることとの関係で、技術常識に照らして、理論上あり得ない数値範囲の部分(例11-2については、D90が20μm未満の部分)を含んでおり、当該部分は課題を解決できない。(2) 第2事件原告の主張ア 前訴判決によれば、生物学的利用能の改善という課題を解決できると当業者は認識することができるためには、単にD90の値を特定しただけで足りず、90%の粒子の粒度分布を特定することを要する。イ 本件訂正発明の「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」との構成によっても、90%の粒子の粒度分布は一定ではない。ウ 第1事件原告の主張イと同旨。(3) 第3事件原告の主張ア 衝撃式ミルで粉砕するとセレコキシブ結晶の凝集性及びブレンド均一性が他の粉砕方法と比較して改善されることを示す試験データが本件明細書には全く記載されていない。イ D90の粒子サイズを規定したり、加湿剤を配合したとしても、本件訂正発明に含まれる数値範囲の全体にわたって生物学的利用能が改善されるとは限らない。ウ 本件明細書の例11における組成物A及びBというわずか2つの組成物を根拠に、具体的な粒度分布に関係なく、本件訂正発明の数値範囲全体にわたって、生物学的利用能が向上するとは認識することができない。エ 第1事件原告の主張イと同旨。(4) 第4事件原告の主張ア 本件明細書には、粒子サイズD90が生物学的利用能に与える影響が記載されていない。イ 本件明細書には、粒度分布を特定する記載がないから粒度分布が生物学的利用能に与える影響も記載されているとはいえない。ウ 第3事件原告の主張イと同旨。エ 本件訂正発明1及び2の「経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物」は、例11-2に記載されたカプセル剤についてはサポートされているとしても、カプセル剤は他の剤型と比較して早く崩壊することが知られ(甲ニ1)、錠剤等他の剤型においても生物学的利用能が向上しているかは不明である。オ 第1事件原告の主張ウと同旨カ 前訴判決は、D90が30μmを含む当時の請求項3についてもサポート要件を満たさないとしている。(5) 第5事件原告の主張ア 本件明細書の【0024】及び【0135】は、技術的なメカニズムを示すか又は実施例において実証されているものではない。イ 第3事件原告の主張イと同旨ウ 第1事件原告の主張ウと同旨エ 前訴判決は、「前記粒子の最大長において前記セレコキシブ粒子のD90が40μm未満であること」や、同じく「25μm未満であること」を発明特定事項としても、それらD90の値の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないと判示している。(6) 被告の主張ア 前訴判決は、①請求項 1 について、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」という広範な数値範囲を特定しただけでは、セレコキシブの生物学的利用能が改善されると理解できないと判断し、②請求項2~4については、例11及び例11-2では、加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いから、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が100μm/40μm/25μm未満」という構成を特定しただけでは、セレコキシブの生物学的利用能が改善される(課題を解決できる)と認識することはできないと判断して、サポート要件違反と結論づけたものである。本件訂正により、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成、及び「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」という構成が追加された本件訂正発明1について、前訴判決の拘束力が及ぶことはない。イ 本件明細書には、セレコキシブの経口投与化に際し、セレコキシブが長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有していることを問題点として認識し(【0008】)、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕することにより、一次粒子の最長の大きさ(粒子サイズ)を減少させ、長い針状からより均一な結晶形へ結晶形態を変質させることにより、生物学的利用能を改良するとともに、凝集力を低下させてブレンド均一性を向上させる(【0022】、【0024】)発明が記載されている。そして、長い針状の結晶を有するセレコキシブの一次粒子の最長の大きさ(粒子サイズ)を減少させた状態のセレコキシブ粒子の特性の一つとして、セレコキシブ粒子の最大長におけるD90の数値範囲が特定されていると理解できる。また、本件明細書には、ラウリル硫酸ナトリウムのような加湿剤を添加することにより、相対的生物学的利用能を改善できることも記載されている(【0075】、【0076】)。さらに、例11-2の組成物Aは、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長において、D90が約30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する組成物であり(【0024】、【0173】、【0174】)、組成物Fは未粉砕、未調合セレコキシブを含有する組成物である(【0172】)ところ、表11-2C、表11-2Dの記載から、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長においてD90が約30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する組成物Aは、未粉砕セレコキシブを含有する組成物Fに比べて、生物学的利用能が改善されることが理解できる。そうすると、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長において、D90が30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する本件訂正発明1は、発明の詳細な説明の記載から、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決できると、当業者が認識できる範囲の発明であることは、明らかである。例えば本件訂正発明2の「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm未満であるような粒子サイズの分布」とは、粒子の最大長において30μm以上のセレコキシブ粒子の割合が10%を超えないような粒子サイズの分布を包括的に表現したものであって、特定のグラフで示せるような単一の粒子サイズの分布のみを表現しようとするものではない。3 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)(1) 第1事件原告の主張ア 物の発明である製薬組成物を製造するまでには複数の工程が必要であるところ、本件訂正後の各請求項は、物の発明である「製薬組成物」を製法を通じて直接特定するものではないから、PBPクレームとはいえない。イ 粉体粒子の粒子径分布を、粒子径を横軸とし、所定の粒子径の頻度又は積算値を縦軸とした頻度分布又は積算分布で表現することは技術常識であったから、粉砕した原薬であるセレコキシブ粒子を構造ないし特性(粒度分布)で直接特定することは可能であり、不可能・非実際的事情は存在しない。ウ 本件訂正発明の「粒子サイズの分布」の意味が不明確であり、D90値のみで粒子径分布を表すこと自体が発明の範囲を不明確にしているし、D90の特定に「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」の文言を加えても粒度分布は明らかにならない。エ 本件訂正発明はセレコキシブ粒子の粒径の下限値を特定していないから不明確である。(2) 第2事件原告の主張ア 「ピンミルのような衝撃式ミル」として、様々な種類の粉砕機のうちのどのようなものが含まれ、どのようなものが含まれないかを理解することができない。イ セレコキシブを粉砕しD90を30μm又は30μm未満とした場合に、粉砕機や粉砕条件によって、粒度分布は一定にならないから、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」という構成では、粒度分布が一義的に特定されず、当該製造方法により製造される物が一定の構造、特性を有さず、本件訂正発明は明確性要件を満たさない。(3) 第3事件原告の主張本件明細書の【0008】、【0024】に、セレコキシブを「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」することによって、凝集性及びブレンド均一性という特性に粉砕方法由来の相違が現れることが記載されているから、訂正発明1は製法によらなくても、上記特性(凝集性及びブレンド均一性)とD90の粒子サイズを特定する技術事項により、構造及び特性を特定することができた。本件優先日当時、原料粉末の凝集性は、様々な測定方法が存在し、多くの粉体の測定に用いられていたから、当業者は、適切な測定方法を適宜選択し、粉体の凝集性の程度を特定することが可能であり、そのように特定することに何の困難もないと解され、粒度分布の特定についても同様である。以上から、本件において、不可能・非実際的事情は認められない。(4) 第4事件原告の主張ア 第2事件原告の主張アと同旨。イ 一般に粉砕物の構造や物性の相違は、比表面積、粒度分布、アスペクト比、結晶化度又は顕微鏡画像解析などのデータによって比較をすればよく、試験に係る時間と費用の負担は極めて軽度で粉砕機も7~8種類しかないから、不可能・非実際的事情は存在しない。(5) 第5事件原告の主張ア 第2事件原告の主張アと同旨。なお、後記被告の主張アを前提としても、凝集力の測定・評価方法は多数あるから「凝集力が低下」の意味は明らかでないし、「長い」「針状」の具体的内容が明細書に記載されていないから、セレコキシブ粒子の「長い針状」への該当性(あるいはその対立概念である「より均一な結晶形」への該当性)も判断困難である。イ 「ピンミルのような衝撃式ミル」によって粉砕されたセレコキシブ粒子の構造又は特性を特定する上で、「理論・原理を明らか」にする必要はなく、単に、粉砕後のセレコキシブの構造又は特性を直接記載すれば足りる。請求項に記載された製造方法自体が多種多様な方法を含むということであれば、第三者はそれらの全てで製造してみなければ権利範囲を知ることができないから、そのような請求項はPBPクレームが許容される前提を欠く。(6) 被告の主張ア 「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルのほか、ピンミルで粉砕したものと同じ構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれる。「セレコキシブ粒子がピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」とは、「セレコキシブ粒子がピンミルで粉砕されたもの」と同じ構造、特性、すなわち、本件明細書の【0024】記載の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上するという、構造、特性を有するものである。イ 特定の衝撃式ミルを用いて特定の粉砕条件で粉砕したセレコキシブ粒子について、より具体的な構造、特性を特定する(例えば、セレコキシブ粒子の粒度分布を単一のグラフで特定する等)ことが仮に可能であったとしても、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決し、「凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上する」という特性ないし効果を有する発明の技術的範囲としては狭すぎるものとなり、発明の技術的思想を過不足なく特定したものとはいえないから、セレコキシブ粒子を、具体的な構造、特性で特定することは不可能というべきである。ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕することにより、長い針状からより均一な結晶形へ変質された結晶形態を有し、ブレンド目的により適するようになる、具体的な理論ないし原理は明らかではない。これらを明らかにし、ピンミルのような衝撃粉砕によって粉砕したセレコキシブ粒子の構造、特性をより具体的に特定しようとする場合には、衝撃粉砕とは異なる多数の粉砕方法による場合と比較して、ピンミルのような衝撃粉砕によって様々に粉砕されたセレコキシブ粒子の構造、特性を検証していく作業が必要となるが、このような作業は出願人(特許権者)に膨大な時間と費用の負担を強いるものであるから、およそ実際的ではない。したがって、本件では、不可能・非実際的事情が認められる。4 取消事由4(実施可能要件に関する判断の誤り)(1) 第1事件原告の主張ア 本件訂正発明ではセレコキシブ粒子の粒径の下限値は規定されておらず、衝撃式ミルでは得ることができない微細な粒子も含まれるが、そのような粒子をどのようにして製造するのか、本件明細書には記載されておらず、出願時の技術常識を踏まえても不明である。イ 本件明細書の例11-2において、ピンミルの装置名、ディスク上のピンの構造(形状、本数、間隔)等、粒度分布を特定できるだけの詳細な実験条件の記載はないので、セレコキシブ粒子を得るための粉砕を実施することは困難である。ウ 本件特許の出願日当時の技術水準では、製薬組成物中の原薬の粒子径分布を正確に測定する方法は知られていなかったので、訂正発明に係る製薬組成物中の原薬の粒子径分布を再現することは当業者には過度の試行錯誤が必要であり、実施可能要件違反である。(2) 第2事件原告の主張本件訂正発明5の「同じ投与量のセレコキシブを含有する経口運搬された溶液と比較して約50%乃至約55%であるセレコキシブの相対的な生物学的利用能を有する」という構成は、例11-2の組成物AのD90のみによって実現できたものではなく、90%の粒子の粒度分布により初めて実現できたものであるが、本件明細書には例11-2の組成物Aの具体的な粉砕方法や粉砕条件の記載がないため、上記構成を実現するには様々な粉砕機について様々な粉砕条件を試すという過度の試行錯誤が必要となるから、本件訂正発明5、7~13、15、17~19は実施可能要件を満たさない。(3) 第4事件原告の主張本件明細書の【0190】には機器名称、ピンの形状・本数、処理時間、処理量、処理温度等の粉砕条件に関する記載がない。当業者にとってその実施には過度の負担が必要であったといえ、本件訂正発明は実施可能要件を満たさない。(4) 第5事件原告の主張本件明細書の例11及び例11-2の「組成物A」及び「組成物B」は、セレコキシブの粉砕方法及びD90粒子サイズについての明示の記載はなく、【0024】には、「組成物A」及び「組成物B」が、ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕したものであることは記載されておらず、【0174】の記載は、「組成物A」及び「組成物B」のセレコキシブ粒子サイズを小さくする粉砕機は特定する必要はないが、ピンミルを例示したにすぎないものと解するのが相当であるか、せいぜい、「組成物A」及び「組成物B」はピンミルにより粉砕されたと解され、ピンミルを含む広い概念であるピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたと解釈できるものではないから、組成物Aに含まれるセレコキシブは、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕したもので、D90粒子サイズは約30μmであると推認されることはない。本件明細書の記載に基づいて、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布」を有する微粒子セレコキシブを、セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミルのような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕することで製造できるとはいえず、また、本件明細書に記載がなくても上記微粒子セレコキシブを製造できるという技術常識はない。(5) 被告の主張本件明細書の例11-2には、D90が約30μmのセレコキシブ粒子及びラウリル硫酸が含まれる組成物Aが記載され、本件明細書【0024】及び【0174】の記載によれば例11-2の組成物Aにおけるセレコキシブ粒子は、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものである。本件明細書【0190】からは、「ピンミルのような衝撃式ミル」を使用すればミル速度等の厳密な条件を決定することなく、再現性をもって比較的狭い範囲(D90が30μm又は30μm未満)の粒子サイズのセレコキシブが得られることが確認されている。そして、表11-2C、表11-2Dの記載から、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された、粒子の最大長においてD90が約30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有する組成物Aは、同じ投与量のセレコキシブを含有する経口運搬された溶液(組成物E)と比較した相対的生物学的利用能が、50%、55%であり、本件訂正発明5に規定された数値範囲内にあることも理解できる。このようにして得られた組成物を公知の医薬用途に使用できることは、明らかである。当業者が本件訂正発明1、2及び5の製薬組成物を製造しかつ使用することができることは明らかであり、これらの訂正発明及びこれらを直接的又は間接的に引用する各訂正発明も実施可能要件に適合する。5 取消事由5(甲8発明に基づく本件訂正発明の進歩性の判断の誤り)(1) 第2事件原告の主張ア 製剤の原薬を粉砕するときに「ピンミルのような衝撃式ミル」を使用できることは技術常識であり、生物学的利用能の改善及びブレンド均一性の改善という周知の技術的課題を解決するためにこれを粉砕するという周知の解決手段を適用するに際し、「ピンミルのような衝撃式ミル」という周知の粉砕方法を採用することは当業者が容易に想到できることである。イ 本件優先日当時の当業者は、技術常識に従い、セレコキシブ粒子を適宜の粒子径まで小さくなるように粉砕することが容易に想到でき、その場合、粒径のサイズは所望の生物学的利用能及びブレンド均一性となるように適宜調整すればよい設計的事項にすぎないが、粒径を数μm~十数μmとすることは教科書的文献にも記載されている程度のごく一般的な数値範囲にすぎず、その場合、D90が30μm未満となる場合が多数あり得ることは容易に認められる(甲イ72、104)。本件訂正発明の技術的範囲に含まれる物そのものが容易に想到できた以上、本件訂正発明の進歩性は否定されるべきである。特段の技術的意味のない無意味なパラメータであるD90をもって特定したことを理由に、進歩性を認めるべきではない。(2) 第4事件原告の主張ア 「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」との発明特定事項は、せいぜい「セレコキシブ粒子が、製薬組成物の原末の粉砕に慣用される粉砕方法にすぎないピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」程度に解釈せざるを得ない。しかるところ、製薬組成物の有効成分の生物学的利用能の改善及びブレンド均一性の改善のために、粒子サイズを数μm程度の微粒子とされることが周知であるから(甲イ16)、仮にセレコキシブ粒子のD90が30μmと規定したとしても、製薬組成物の有効成分の生物学的利用能の改善及びブレンド均一性に格別の差異や効果が存するとはいえない。イ なお、別件審決が確定したからといって、第4事件原告が、甲8発明に基づく本件訂正発明の進歩性欠如を主張することが、特許法167条により許されなくなるということはない。本件無効審判請求がされたのが平成28年9月30日であるのに対し、別件審決が確定したのが令和4年3月22日であるから、別件審決が確定したとしても、それよりも前に申し立てられている本件審判における主張立証について同条の適用はない。また、別件審決及び別件判決は、本件訂正がされる前のものであり、本件とは前提が異なる。(3) 被告の主張ア 第2事件原告の主張について本件訂正発明1は、セレコキシブが長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有していることに着目したものであり、単に平均粒径を小さくするということではなく、長い針状の結晶を減少させてより均一な結晶形とすることが重要である。そのために、「セレコキシブ粒子がピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであること」、及び「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90」、つまり、最大長が所望の大きさ以下である粒子の粒子全体に占める割合が90%であることを特定したものである。イ 第4事件原告の主張について本件訂正発明1、2は、別件審決及び別件判決が判断の対象とした、特許登録時の請求項1の誤訳訂正をした発明を、①ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、②粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm/30μm未満である粒子サイズの分布を有し、③ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含むという点でさらに限定したものである。すなわち、本件訂正発明1、2は、前訴判決時の請求項に係る発明に包含されるものであり、対象となる発明が異なるとはいえない。別件審決及び別件判決が判断した広い数値範囲(D90が200μm未満)の構成が容易でないとされた以上、これに含まれる数値範囲(D90が30μm未満)の構成も容易でないことは明らかである。したがって、別件無効審判請求人である第4事件原告は、特許法167条により、甲8発明に基づく進歩性欠如を主張することはできない。第4 当裁判所の判断1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について(1) 本件訂正の訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項1において①「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布」とあったのを、「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布」と訂正してD90の数値を限定し、さらに、②「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」、③「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む」との新たな構成を付加するものである。訂正事項3は、上記②、③の構成の付加は訂正事項2と共通で、上記①の数値限定を「D90が100μm未満」から「30μm未満」と訂正するものである。そうすると、訂正事項2、3は、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。(2) 次に、上記訂正が本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするもの(特許法134条の2第9項、126条5項)といえるかどうか検討する。まず、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3には、「セレコキシブのD90が40μm未満」であることが、同請求項4には、「セレコキシブのD90が25μm未満」であることが記載され、本件明細書の【0124】には、「セレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると、組成物の生物学的利用能は非常に改善される」ことが、【0124】には「セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下、好ましくは約100μm以下、より好ましくは約75μm以下、さらに好ましくは約40μm以下、最も好ましくは25μm以下である。」との記載がある(【0022】も同旨)。また、本件明細書の【0024】には、「セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、「ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕」することが、【0190】には、「反対に回転するディスクによる衝撃式ピンミルにて混合された」場合に「粒子サイズは比較的狭い範囲(D90が30μm若しくはそれ以下)内で変化し」たことが、記載されている。そうすると、本件明細書等には、セレコキシブ粒子をピンミルのような衝撃式ミルで粉砕し、D90を30μm(訂正事項2)又は30μm未満(訂正事項3)とすることが記載されていたといえる。また、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項14には、「ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤をさらに含む」ことが記載されており、本件明細書の【0075】、【0076】には、セレコキシブが水溶液にかなり溶解しにくいことに対応して、本発明の製薬組成物は、好ましくは、キャリア材料として、加湿剤を含み、それは水と親和性があるようにセレコキシブを維持させるように選択するのが好ましく、特にラウリル硫酸ナトリウムを含むことが好ましいこと、本件明細書の表11-2A(【0173】)には、「組成物A」に加湿剤である「ラウリル硫酸ナトリウム」が添加されていることが記載されている。よって、本件明細書等には、ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤をさらに含むことが記載されていたといえる。以上によれば、訂正事項2、3は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。(3) したがって、本件訂正(原告らが訂正の適否を争っている部分)は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、かつ、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであると認められる。(4) 第1事件原告の主張についてア 第1事件原告は、訂正事項2は、「原薬(原材料)」の「粒子サイズの分布」に関する記載に基づいて、「最終製剤(製薬組成物)」中の粒子の「粒子サイズの分布」を訂正するものであるから、「最終製剤」について特許請求の範囲の減縮を目的とするものでなく、新規事項を追加し、かつ、特許請求の範囲を変更するものである旨主張する。しかし、本件明細書の【0022】の、「本発明の組成物は微粒子の形態のセレコキシブを包含する。セレコキシブの一次粒子は、例えば、製粉若しくは粉砕により、又は溶液から沈殿させて生成させ、凝集して二次の集合体粒子が形成される。本願で利用する用語「粒子サイズ」とは、特に本願で指摘しない限り、一次粒子の最長の大きさのことをいう。粒子サイズは、セレコキシブの臨床的効果に影響を与える重要なパラメータであると考えられる。よって、別の実施例では、発明の組成物は、粒子の最長の大きさで、粒子のD90が約200μm以下、好ましくは約100μm以下、より好ましくは75μm以下、さらに好ましくは約40μm以下、最も好ましくは約25μm以下であるように、セレコキシブの粒子分布を有する。」との記載と、【0124】の「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると、セレコキシブ粒子サイズの減少により、セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって、セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下、好ましくは約100μm以下、より好ましくは約75μm以下、さらに好ましくは約40μm以下、最も好ましくは25μm以下である。」との記載を対照すれば、本件明細書においては原料の粒子サイズの分布が製薬組成物の粒子サイズの分布として記載されているものと認められ、第1事件原告の主張は採用できない。イ 第1事件原告は、D90が200μm未満である粒子サイズの分布は不確定であり、D90を30μm(訂正事項2)又は30μm未満(訂正事項3)に変更しても粒子サイズの分布は限定されず、また、D90の値のみを用いて「粒子サイズの分布」を規定することはできず、訂正後の特許請求の範囲が限定されないから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に当たらない旨主張する。しかし、D90とは、サンプル粒子の90%はD90値よりも小さいことを意味するところ(本件明細書【0013】)、D90が200μmから30μmないし30μm未満に限定されることで、数値範囲が狭くなることは明らかであり、第1事件原告の主張は採用できない。(5) 第2事件原告の主張について第2事件原告は、例11-2の組成物A(【0172】)は、粉砕手段が特定されていない上に、粒子サイズをD90として測定したものでないこと、【0024】の記載から例11-2の組成物Aの粉砕方法がピンミルのような衝撃式ミルであると特定することはできないこと、本件明細書【0124】には粉砕方法の記載はないこと、本件明細書【0174】は、粉砕方法の一例を示すものであることを理由に、訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内のものではない旨主張する。しかし、訂正事項2は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであることは前記(2)のとおりである。第2事件原告の主張は、訂正事項2が一体として実施例に記載されていなければならないとするに帰するものであり、採用することができない。(6) 第4事件原告の主張について第4事件原告は、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」の意味、ひいては本件訂正発明の権利範囲ないしは技術的範囲が不明確であるから、このような不明確な構成を追加する訂正後の発明の技術的範囲も不明確となるとし、訂正事項2及び訂正事項3は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであるとはいえず、新規事項の追加に当たり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正とはいえない旨主張する。しかし、訂正事項2及び訂正事項3は、D90の数値を限定し新たな構成を付加するものであるから、これにより権利範囲を狭めるものであることが論理的に明らかである以上、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、「ピンミルのような衝撃式ミル」に対応する記載が本件明細書に存在することは前記(2)からも明らかであり、この点に関する第4事件原告の主張は、訂正後の発明が明確であるかどうかの問題として判断されるべきものである。(7) 以上のとおり、訂正事項2、3につき訂正要件の不備があるという原告らの主張は採用できず、取消事由1は理由がない。2 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)について(1) 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得ることから、特許を受けようとする発明が明確であることを求めるものである。
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