事件番号平成30(あ)1846
事件名薬事法違反被告事件
裁判所最高裁判所第一小法廷
裁判年月日令和3年6月28日
裁判種別決定
結果棄却
原審裁判所東京高等裁判所
原審事件番号平成29(う)974
原審裁判年月日平成30年11月19日
事案の概要1 本件各公訴事実の要旨は,次のとおりである。
被告人A株式会社(以下「被告会社」という。)は,医薬品等の製造・販売等を営む株式会社であり,被告人B(以下「被告人」という。)は,被告会社の従業員として,D医科大学大学院医学研究科に所属する医師らにより実施された被告会社が製造・販売する高血圧症治療薬X(商品名「Y」)を用いた臨床試験(以下「本件臨床試験」という。)及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析について臨床データの解析等の業務を担当していたものであるが,被告人は,被告会社の補助解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,本件臨床試験の主任研究者であるE及び同研究者であるFらと共に,高血圧症治療薬であるカルシウム拮抗薬とXとの併用効果に関する本件臨床試験の補助解析論文を記述するに当たり,同論文の定義に基づかないで薬剤の投与群を群分けし,本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし,統計的に有意差が出ているか否かの指標となる値につき解析結果に基づかない数値を記載するなどして作成した虚偽の図表等のデータをFらに提供し,同人らをして,同データに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,Xを併用ないし追加投与した場合,そうでない場合に比べて狭心症や脳卒中の発生率が有意に低かった旨等の虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ,Fをして,海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同社のホームページに同論文を掲載させて,不特定多数の者が閲覧可能な状態 サブ解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,E及びサブ解析の研究者であるGらと共に,冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるXの追加投与の効果に関する本件臨床試験のサブ解析論文を記述するに当たり,本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし,同水増しを前提に解析するなどして作成した虚偽の図表等のデータをGらに提供し,同人らをして,同データに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,冠動脈疾患の既往歴がある被験者の場合,X投与群の方が他剤投与群と比較して脳卒中の発生率が有意に低かった旨虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ,Gをして,海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同社が管理するウェブサイトに同論文を掲載させて,不特定多数の者が閲覧可能な状態にし,もってそれぞれ医薬品であるXの効能又は効果に関して,虚偽の記事を記述した。
2 薬事法66条1項は,「何人も,医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療機器の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関して,明示的であると暗示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布してはならない。」と規定する。
第1審判決は,事実関係については,本件各公訴事実記載の事実をおおむね認めたが,薬事法66条1項が規制するのは,顧客を誘引するための手段として同項所定の事項を広く世間に告げ知らせる行為であり,「記事の記述」も同手段としてされるものであることを要するとした上で,本件各公訴事実記載の各論文(以下「本件各論文」という。)を作成し,本件各公訴事実記載の各雑誌(以下「本件各雑誌」という。)に投稿して掲載させた行為は,一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはなく,同手段としての性質を有しないから,同項の規制する「記事の記述」に当たらないとして,被告人及び被告会社に対し,無罪を言い渡した。原判決も,同項の規制する行為につき,顧客誘引の手段となっていること(誘引手段性)を要するとして第1審判決とおおむね同旨の解釈を採り,被告人の行為の同項該当性に関する第1審判決の判断も是認して,検察官の各控訴を棄却した。
判示事項1 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する「記事を広告し,記述し,又は流布」する行為の意義
2 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かの判断方法
3 学術論文の学術雑誌への掲載が薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する行為に当たらないとされた事例
裁判要旨1 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する「記事を広告し,記述し,又は流布」する行為は,特定の医薬品等に関し,当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として,不特定又は多数の者に対し,同項所定の事項を告げ知らせる行為をいう。
2 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かは,当該告知の内容,性質,態様等に照らし,客観的に判断するのが相当である。
3 高血圧症治療薬を用いた臨床試験の補助解析等の結果を取りまとめた学術論文を,専門的学術雑誌に投稿し掲載させたなどの本件事実関係(判文参照)の下では,同論文の同雑誌への掲載は,特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえず,薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する行為に当たらない。
(1につき補足意見がある。)
事件番号平成30(あ)1846
事件名薬事法違反被告事件
裁判所最高裁判所第一小法廷
裁判年月日令和3年6月28日
裁判種別決定
結果棄却
原審裁判所東京高等裁判所
原審事件番号平成29(う)974
原審裁判年月日平成30年11月19日
事案の概要
1 本件各公訴事実の要旨は,次のとおりである。
被告人A株式会社(以下「被告会社」という。)は,医薬品等の製造・販売等を営む株式会社であり,被告人B(以下「被告人」という。)は,被告会社の従業員として,D医科大学大学院医学研究科に所属する医師らにより実施された被告会社が製造・販売する高血圧症治療薬X(商品名「Y」)を用いた臨床試験(以下「本件臨床試験」という。)及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析について臨床データの解析等の業務を担当していたものであるが,被告人は,被告会社の補助解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,本件臨床試験の主任研究者であるE及び同研究者であるFらと共に,高血圧症治療薬であるカルシウム拮抗薬とXとの併用効果に関する本件臨床試験の補助解析論文を記述するに当たり,同論文の定義に基づかないで薬剤の投与群を群分けし,本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし,統計的に有意差が出ているか否かの指標となる値につき解析結果に基づかない数値を記載するなどして作成した虚偽の図表等のデータをFらに提供し,同人らをして,同データに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,Xを併用ないし追加投与した場合,そうでない場合に比べて狭心症や脳卒中の発生率が有意に低かった旨等の虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ,Fをして,海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同社のホームページに同論文を掲載させて,不特定多数の者が閲覧可能な状態 サブ解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,E及びサブ解析の研究者であるGらと共に,冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるXの追加投与の効果に関する本件臨床試験のサブ解析論文を記述するに当たり,本件臨床試験において確認された他剤投与群の脳卒中等のイベント数を水増しし,同水増しを前提に解析するなどして作成した虚偽の図表等のデータをGらに提供し,同人らをして,同データに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,冠動脈疾患の既往歴がある被験者の場合,X投与群の方が他剤投与群と比較して脳卒中の発生率が有意に低かった旨虚偽の記載をさせるとともに同図表等を同論文原稿に掲載させ,Gをして,海外に本店を置く雑誌社が発行する学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同社が管理するウェブサイトに同論文を掲載させて,不特定多数の者が閲覧可能な状態にし,もってそれぞれ医薬品であるXの効能又は効果に関して,虚偽の記事を記述した。
2 薬事法66条1項は,「何人も,医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療機器の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関して,明示的であると暗示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布してはならない。」と規定する。
第1審判決は,事実関係については,本件各公訴事実記載の事実をおおむね認めたが,薬事法66条1項が規制するのは,顧客を誘引するための手段として同項所定の事項を広く世間に告げ知らせる行為であり,「記事の記述」も同手段としてされるものであることを要するとした上で,本件各公訴事実記載の各論文(以下「本件各論文」という。)を作成し,本件各公訴事実記載の各雑誌(以下「本件各雑誌」という。)に投稿して掲載させた行為は,一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはなく,同手段としての性質を有しないから,同項の規制する「記事の記述」に当たらないとして,被告人及び被告会社に対し,無罪を言い渡した。原判決も,同項の規制する行為につき,顧客誘引の手段となっていること(誘引手段性)を要するとして第1審判決とおおむね同旨の解釈を採り,被告人の行為の同項該当性に関する第1審判決の判断も是認して,検察官の各控訴を棄却した。
判示事項
1 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する「記事を広告し,記述し,又は流布」する行為の意義
2 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かの判断方法
3 学術論文の学術雑誌への掲載が薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する行為に当たらないとされた事例
裁判要旨
1 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する「記事を広告し,記述し,又は流布」する行為は,特定の医薬品等に関し,当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として,不特定又は多数の者に対し,同項所定の事項を告げ知らせる行為をいう。
2 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する特定の医薬品等の購入・処方等を促すための手段としてされた告知といえるか否かは,当該告知の内容,性質,態様等に照らし,客観的に判断するのが相当である。
3 高血圧症治療薬を用いた臨床試験の補助解析等の結果を取りまとめた学術論文を,専門的学術雑誌に投稿し掲載させたなどの本件事実関係(判文参照)の下では,同論文の同雑誌への掲載は,特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえず,薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)66条1項の規制する行為に当たらない。
(1につき補足意見がある。)
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